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遥かなる星の国 vol.13 〜半世紀前のシンガポールに住んでいた〜 ⭐︎インドネシア篇


 45年前、中学生の頃に父親の仕事の関係でシンガポールに3年ほど住んでいた。
 慣れない異国でいろいろ気苦労の多かった母親への慰労の気持ちか、滞在中、長期休みになると父が何度か旅行に連れていってくれた。

 シンガポールは淡路島ほどの小さな島国なので、旅行といえば海外にならざるを得ない。海外といってもすぐ近隣の国ばかりだったが。


 旅行先で印象に残っているのは、インドネシアのジョグジャカルタだ。
 

ジャングルの奥のピラミッド

 ジョグジャカルタはジャワ島中心部にある古都で、仏教やヒンドゥーなどの古い寺院の遺跡がたくさん残っている。
 などと知ったようなことを書いているが、このときの私はその値打ちが全然理解できていなかった。

 そのジョグジャカルタでは、現地ガイドさんの車でいくつかの遺跡を巡った。
 さっきも書いたが、もうひとつ値打ちの分かっていない中学生にはもったいない旅だったと思う。
 今ならもう少ししっかり下調べもして、しっかり見て、しっかり目に焼き付けるのだけど。

 ただ、ひとつだけ(ひとつだけかい)ボロブドゥール寺院遺跡はよく覚えている。
 
 街の中心部から車で1時間くらい。
 山に囲まれたジャングルの中に突然平原が開け、その奥に大きな石を積み上げた9層のピラミッドのような遺跡があった。
 これが寺院?と思った。
 
 ピラミッドの階段を登っていくとそれぞれの段に、釣り鐘型の籠を逆さまに伏せたような、これも石造りの小さな塔がいくつも並び、中には仏像が座っている。壁にはレリーフが彫られていた。

 ボロブドゥール寺院は8〜9世紀に建立されたと思われる世界最大の仏教遺跡だそうだ。
 火山の噴火で灰にすっかり覆い尽くされて、19世紀にイギリスの調査団に発見されるまで、ジャングルの奥で1000年もの間、誰にも知られず眠っていたのだと言う。
 
 現在、インドネシアは人口の9割近くがムスリムで、この寺院が本来の仏教寺院として使われることはまずない。
 そもそも地中に埋まっていたのも、様々な宗派の王朝が興亡する中、異教徒による破壊を防ぐためだったのではないかと言う説もあるそうだ。

 それを聞いた時は、さしもの値打ちの分からぬ中学生の私も歴史のロマンを感じたものだった。
 

南の島で寒さに震える

 その日の夕方、ガイドさんが「蛍を見に行くか」と聞いてくれた。
 ちょっと街から外れた水田地帯まで出ると蛍が飛ぶのが見られるという。
 行かないと言うわけがない。

 夕食の後、ホテルの前で待っていると2台の輪タクがやって来た。

 輪タクは、3輪の自転車に別付けの座席を設置し、客を乗せて運ぶ自転車タクシーのことだ。
 これで郊外まで出るのかと少し心配になった。

 輪タクは東南アジアではポピュラーな街中交通手段で、シンガポールではトライシャ、ガンボジアではトゥクトゥク、インドネシアではベチャと呼ばれる(そうだ)。
 呼び名だけでなく形も少し違っていて、シンガポールでは乗客が乗る座席は自転車の横に、インドネシアでは前に付いていた。後ろにあるバージョンもあるらしい。自転車が、バイクであることもあるようだ。

 このとき、私たち家族が乗ったのはもちろん、自転車の前に座席が付いているタイプ、ベチャだった。

 一方のベチャに父とガイドさん、もう片方に母と私が乗って出発した。
 ちょうどスキー場の2人乗りリフトのような座席は、テントみたいな屋根と横に細い金属の手すりがあるだけで前には何もなく、もちろんシートベルトなどという物もない。
 そういう座席に乗って自転車で後ろから押されるようにして、普通に車道を走るのはけっこう怖い。

 他の自動車やバイクを追い越したり、追い越されたりするたびに、ドキドキビクビクしていた。

 しかし、時間が経つにつれ、そんなことはどうでもよくなってきた。

 日が完全に沈んで暗くなってくると、ベチャに乗って受ける風が涼しいを通り越して冷たくなってきたのだ。

 後から聞いたのだが、ジョグジャカルタは標高が結構高いところにあるので、朝夕は意外と気温が下がってくるという(そういう大事なことは先に言っておいて欲しい)。

 ベチャを漕いでいるおじさんは暑いだろうし、ひょっとして私たちが風除けになっているかもしれないが、昼間と同じ服装で半袖の私たちは歯がガチガチいうほど寒かった。


クナンクナンがいっぱい

 もう、そろそろ無理なんだけど、という頃、やっと街を出て水田についた。

 寒さを忘れた。
 真っ暗でよくわからなかったが、地平線までずっと水田が広がっているようだった。
 その中に、日本で見るそれより大きな光が集まって飛んでいるのがいくつもいくつも見えた。

 その数はどんどん増えて、あっちでもこっちでもゆっくりと明滅している。
 インドネシアの蛍は日本の蛍より大きくてのんびりしているのかなと思った。

 ガイドさんが、インドネシアの言葉で蛍は「クナンクナン」というのだと教えてくれた。「クナン」とはピカピカ光る、という意味で、動詞を2回続けるとピカピカ光る物という名詞になるそうだ。

 しばらくして、ガイドさんが「クナンクナン」と言って夜空を指した。
 蛍が飛んでいるのかと見上げると、漆の盆にグラニュー糖を撒いたような満天の星空があった。天の川を生まれて初めて見た。

 声が出なかった。

 ああ、インドネシアには地にも空にもクナンクナンがいるのだな、と思った。

 もう一度見てみたい景色のひとつだ。
             (続く)
 

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