息をするように本を読む76〜井上靖「風と雲と砦」〜
*****
一昨年スマホに換えてから3か月後、娘らに勧められて始めたnote。
初めて記事を投稿してから明後日で2年が過ぎ、3年目に入ります。
これまで続けられたのは、読んでくださる皆様のおかげです。
ありがとうございました。
拙い文章ではありますが、もう少し続けてみようと思います。
よろしくお付き合いいただけたら幸いです。
*****
今更だが、私は本を読むのが好きだ。
ただ、その嗜好はかなり偏りがあると思う。
本棚を改めて眺めると、相当な割合をミステリーと呼ばれるジャンルの本が占めている。そしてその次は、時代小説。
(本棚だけで見ると女性の本棚とはわからない、と以前誰かに言われた)
時代小説は、普通の市井の人々の暮らしを描いた、いわゆる街もの?というのかな、そういうものと、歴史を大きく動かした武将たちとその周囲の物語、とにざっくり分かれると思う。
後者は歴史小説、と呼んでもいいだろう。
歴史を動かした大物、というと、誰が思い浮かぶだろうか。
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康。この3人は、まあ、定番だ。
あとは、武田信玄、源頼朝、平清盛、坂本龍馬、西郷隆盛、明智光秀…& more。
ただ、歴史を構成するのは大物たちだけではない。
例えば、大河ドラマの合戦シーンで、馬にも乗らず槍を持って戦場を駆け回っている雑兵たち。
例えば、火縄銃を構えて大将の号令一下、敵陣に打ち込む鉄砲隊。
例えば、大名の姫君に仕えている腰元、あるいは台所を預かる下女たち。
歴史という大河の底には、幾多の名もなき人々の人生が沈んでいる。その中にも葛藤や愛憎や悲喜やドラマがあった。
この物語の舞台は、戦国時代。元亀4年(1573年)の正月。
類い稀な軍略と武力をもって、天下取りに一番近いと思われていた武田の軍勢が徳川領の三河に侵攻して徳川側の武将菅沼家の領する長篠城を支配下に置いたのは、その2年前。
主人公は著者の創作による、3人の名もなき若者。仲の良い友人、というのではないが、とりあえずは「同じ釜の飯を喰った」間柄だ。
左近八郎。この中ではおそらく1番イケメン。女にモテる。クールに見えて、なかなかの野心家、そしてかなりのヤンチャ。
山名鬼頭太。ガサツで粗野。運命論者。好きな女にはしつこいくらい一途。でも、モテない。
俵三蔵。ぱっと見はのっそりとして愚鈍。動きも鈍そう。だが、ひとたび槍を持てば別人、目付きまで変わり、恐ろしく強い。たぶん3人の中で1番強いと思われる。
3人とも、元は徳川方の菅沼家に仕える足軽頭だった。
2年前、京を目指す武田の西上作戦の緒戦で長篠城が武田勢に攻められて開城したとき、城主菅沼正貞の遠戚で野田城の守将菅沼定盈は武田に従うのをよしとせず野田城に籠城した。
その際に、長篠城に残って武田に与する正貞に従ったのが鬼頭太、野田城に移って武田と戦った定盈側に加わったのが、三蔵と八郎、だった。
野田城の戦いは1か月の籠城の後、武田の勝利となった。
武田に残った鬼頭太は、大した手柄は立てないまでも部下達と共になんとか生き残り、負けた徳川側にいた三蔵は敗走兵となりながらもとりあえず徳川方の別の城を目指し、同じく徳川側で戦った八郎は捕えられて武田側に捕虜となった。
同じ時代、同じような境遇に生きて、しかしまるで違う性格と考え方を持った若者3人の運命は、少しずつ違う立ち位置から改めて転がり始める。
物語に華を添えるのは、この3人に絡む女たち。
歳若い女の身ながら武田の陣営で権勢を持つ謎の女性や、菅沼家の元侍女、野盗の一味と思われるこれまたよく分からない謎の女。
強烈な個性を持ったそれぞれがそれぞれの心の欲するままに生を全うしようと足掻くが、彼らの野心も願いも愛もその全ては巨大な流れに押し潰されていく。滔々たる歴史の流れの前には人間の営みなど大波に呑まれる木の葉と同じこと。
そしてそれは、彼らだけではない。
歴史に詳しい方々にはお分かりと思うが、このとき、天下に一番近いと言われていた、そして彼自身もそう信じていたに違いない、武田信玄の命運は尽きようとしていた。
この後、戦国の世の情勢は一気に変わる。
歴史という大河に逆らうことが出来ないのは、大名も雑兵も何の変わりもない。
そして、その経緯や善し悪しについては、別の時代に暮らす私たちにどうこう言えるものではない。
本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。
この作品、井上靖氏の時代小説には珍しく6人の主要登場人物のキャラクターがはっきりと立っているので、映像化したら面白いのではないかと思っていたら、やはり今から60年(!)くらい前に一度映画化されている。
当時の評価はよく知らないが、今でもキャストと脚本を揃えたら、面白い青春群像時代劇になるのではないかしら、などと妄想している。