この水面、上から見るか?下から見るか?(水の聖歌隊/笹川 諒)
雨上がり、水たまりに曇り空が映り込んでいるのを見下ろすことがある。そのままじっとしていると、まるで空へ墜ちていく感覚に陥ることがある。「どぼん」とわかりやすく音を立てて。
椅子に深く、この世に浅く腰かける 何かこぼれる感じがあって(p6)
『水の聖歌隊』の先頭にあったこの短歌を読んだときに覚えた感覚が、まさしくそれだった。
「水面下へ、ようこそ」
と、誰かが言った気がした。
コインチョコを壁にぺたぺた貼っていく遊びがあれば二人でしたい(p50)
夏の窓 磨いてゆけばゆくほどにあなたが閉じた世界があった(p74)
水面下にも、街がある。見飽きたはずの街。けれど、その街とは少し違うような。なぜなら、ここは水面下。水面上の街とは、違うに決まっている。変わらない日常の透間にふと見える非日常、の皮をかぶった日常。つまるところ、日常ですね。ごめんなさい。
水面上の、さらに上は曇り空。だったので、水面下の街も曇り空。明るくも、暗くもない。この明るさを、何で例えればいいだろう。60Wの電球? アルコールランプの火? どれもわかりにくいな。空気は、湿り気を帯びている。でも、不快じゃない。むしろ、涼しいくらい。
爪先にぶつかった小石を拾い上げてみる。小石は、濡れた輝きを放っている。そして、ソレをつまんだ指先も。ぼくは、ふと思う。この街を満たしているのは、明りでも灯りでもなく、光だ。光はことばで、ことばは歌。街中を歌が行進している。じゃあ、あれが聖歌隊だ。『水の聖歌隊』。
向こうからきみが歩いてくる夢の、貝の博物館は冷えるね(p98)
そう、その気になれば天使のまがい物を増やしてしまうから神経は(p98)
――と、『水の聖歌隊』を読む度、ぼくは水面下の街に思いを馳せるのでした。曇り空の映る水たまりは、いつでも見れるものじゃない。(まずは、雨に降られないと。)でも、水面下の街にはいつでも行ける。この歌集のおかげで。
光はことばで、ことばは歌。光で紡いだ歌が、ぼくを街へ導いてくれる。
最後に余談を。最近になって、『水の聖歌隊』に似合う曲を見つけた。(正確には、もともと好きだった曲が、この歌集に合うことに気付いた。)古川本舗の『yol feat.佐藤 千亜妃』。
(yol feat.佐藤 千亜妃 - 古川本舗)
60Wの電球? アルコールランプの火? どちらでもない。水の光と、夜の光。ぼくをあたためるものは、こんなにも優しい。
水の聖歌隊 - 笹川 諒(2021年)