※空腹時こそ、読んでいただきたい(ヴァリアス・オーサー)

※飯テロ回です。もしあなたが空腹なら、むしろ一読してみてください。

1.詠坂雄二『人ノ町』

店主がそこで料理を持ってきた。卵をふんだんに使った炒め物と汁物に白米という素朴な組み合わせだ。(中略)旅人は勢いよく食べ始めた。美味いという感触が舌より脳にさっと来る。

――『人ノ町』p14より引用 ※太字は筆者注

これだよ、これ。本当の本当にお腹が減って、ようやくありつけた食事のおいしさといったら。


”五臓六腑に染み渡る”なんてことばがあるけど、おいしさっていうのは、体より先に頭に来るんだよ。(”頭に来る”なんて、怒っているわけじゃないよ。)


ちなみに、ありつくことができたのは、この世界とはまた違う世界の旅人だ。


それにしても、「卵をふんだんに使った炒め物」かあ……。


炒め物は、簡単そうに見えて難しい。肉や野菜から大量に汁気が出てしまうから。けれど、そこで卵を投入すると、汁気を吸い取ってくれるので、絶妙な塩梅になる。肉の旨みも野菜の旨みも、卵が包んでくれる。


卵を使った料理は、大概おいしい。本当の本当にお腹が減っているなら、なおさらだ。卵のおいしさは、空腹にとって優しさだ。

2.伊藤計劃『ハーモニー』

ややあって、魚料理が出てきた。すぐそばのチグリス川で獲れた鯉のような魚を背中で開きにして焼いたもの、パンのようななにがしかの生地を捏ねたもの、そして生のナツメヤシがついてきた。(中略)拡現のインデックスが何一つわめき立てない料理の風景というのは、こんなにシンプルで美しいのだ。

――伊藤計劃『ハーモニー』p247-248より引用 ※太字は筆者注

”拡現(オーグ)”とは、”拡張現実”の略称であり、人々はコンタクトレンズのように身に付けることができる。


たとえば眼前に食事があるなら、カロリーはいくらで、塩分はいくらで、そして本日すでに摂取したカロリーを鑑みるに――と、この食事は摂取するにふさわしいか否かが判断される。


『ハーモニー』の世界において、健康は何よりの財産だ。そのため、それがどれだけ美味だろうと、健康を損なう可能性があれば、その瞬間、視界いっぱいに注意喚起。


この世界において、食事は栄養摂取の手段に過ぎず、決して楽しみのためではないのだ。


上記の場面で、主人公は”拡現”を外した状態で、”拡現”が普及されていない国で、料理の品々を眺めている。粗野だが、その土地の伝統的な食事を。


自らを縛り付けていた情報から解放されたとき、人は食欲を思い出すんじゃないかと思う。

3.村上春樹『納屋を焼く』『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』

なかなか立派な品揃えだった。質の良い白ワインとロースト・ビーフ・サンドウィッチとサラダとスモーク・サーモンとブルーベリー・アイスクリーム、量もたっぷりある。サンドウィッチにはちゃんとクレソンも入っていた。辛子も本物だった。

――村上春樹『螢・納屋を焼く・その他の短編』p63より引用

目で追っているだけで、お腹が減ってくるラインナップだ。


ロースト・ビーフがぼくの好物だからだろうか? それとも、”サンドイッチ”じゃなくて”サンドウィッチ”という表記だから?


村上春樹氏は、食事風景を描写するとき、いかにもおいしそうなものを羅列することがある。懇切丁寧に説明してくれるのだ。(ただスパゲッティを茹でたり、リンゴを齧っていることもあるけど。)

ちなみにぼくは上記の場面も好きだけど、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』のハードボイルド・ワンダーランド側の主人公が、図書館司書の女の子にお手製の夕食をご馳走する場面も、何度も読み返してしまう。

重機関銃で納屋をなぎ倒すような、すさまじい勢いの食欲だった。

――『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』(上)
p183より引用 ※太字は筆者注

特に、女の子の食欲を表すこの比喩が好きで好きで。(文中のことばを借りれば)「すさまじい食欲」をこんなに的確に表現した比喩を、ぼくは他に知らない。

4.ポール・オースター『ガラスの街』

軟骨を混ぜたハンバーグ、色の薄いトマトと萎れたレタスの味気ないサンドイッチ、ミルクシェーク、エッグクリーム、そして丸パンなどから成る食事を作るのがこの男の仕事だった。

――ポール・オースター(翻訳:柴田元幸)『ガラスの街』p69より引用

今までおいしそうなものを上げておいて、突然しょぼくなったとお思いだろうか。ぼくもそう思う。何せ、ここは場末のランチョネット(簡易食堂のこと)。提供されるものも、いかにも場末にふさわしい。


有り体にいえば、おいしくなさそうである。(そこまで不味くはないから、主人公は通っているんだろうけど。)


けれどこの場面は、あらゆる小説の中でぼくが最も読み返している食事内容だ。


おいしいものがたらふく書いてある小説(という言い方はおかしいだろうか?)は山ほどあるのに、何だって不味そうなものを……。ぼくだって、しなびた野菜のサンドイッチとか、わざわざ外食で食べたくないよ。


なぜ、不味そうなものにも惹かれてしまうんだろう? 口にする気がないからこそ、想像力がたくましくなるんだろうか? いやはや、妙な習性だ。

5.柴田元幸『つまみぐい文学食堂』もしくは、トマス・ウルフ『故郷よ、天使を見よ』

そんなわけで、飯テロ回でした。……ちゃんと、飯テロしてました?


普段は少食なくせに、なぜ小説に対しては食い意地が張ってしまうのか……。


食欲は三大欲求の一つなので、影響も何もないと思うんですが、たぶん、柴田元幸氏の『つまみぐい文学食堂』が原因にあるのかなと。


『つまみぐい文学食堂』は、古今東西のあらゆる小説から、食をピックアップしたエッセイです。当然、その「あらゆる小説」を知ることができるので、ぼくの本の世界は広がっていきました。同時に、食い意地も張っていきました。なぜだ。


ところで、『つまみぐい文学食堂』で紹介されていたトマス・ウルフ『天使よ、故郷を見よ』がずっと気になっているんですよね。正直、あらすじはよく知らないんですが、食事場面がおいしそうでおいしそうで……。(残念ながら、絶版になっています。)


本の興味が食欲に由来するって、どうなんですかね。……まあ、そんなこともありますよね。はは。


ところで、この記事で上げた小説を読むのは、空腹時こそ至高だと思うので、ぜひやってみてください。(ちなみに、何が起こっても筆者は責任を一切負いませんのでご注意を。)

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