都市、年、駆け行く(サウンドスケープに飛び乗って/久石 ソナ)

役割を担いたいよね灯台は午後五時前にひかりを宿す(p126)

すれ違うたびに傾く傘があるまれに掠めて分け合う温度(p51)

田舎生まれ田舎育ちのぼくには、都市の匂いはわからない。東京とか大阪とか、行ったことがないわけじゃない。でも、旅行者が感じる匂いと、そこで生活する人達が感じる匂いは、きっと違う。だから、ぼくが本当の都市の匂いを感じることは、これから先もない。と、思っていたんだけど。


『サウンドスケープに飛び乗って』この頁をめくる度、都市で生きる人達の匂いを感じる。ぼくの勝手な想像だけど。


田舎で生きるぼくと、都市で生きる誰かの間にある違い。もしくは、場所に関わらずぼくらが抱えている同じ何か。この歌集を開く度、なんとなく見える気がして。まだ、上手くことばにできないけど。

シャンプーをした回数は知らないが誇れるくらいだろう死ぬときは(p60)

新しい髭剃りを出すこれからを生き抜くぼくのための準備を(p58)

ところで、著者の久石ソナさんは歌人であり、現役美容師でもある。(切り盛りされている美容室の名前は『雨とランプ』。なんてすてきな。)そういえば、どれだけ通い慣れた美容室でも、店に入った途端、違う世界に入り込む感覚がある。それこそ、田舎から突然都市に移動したような。


「東京で働いたこと、ありますよ」そう言っていた美容師さんの指が、ぼくの髪に触れる。その瞬間、この髪も都市の匂いがしている。「違う世界に入り込んだ感覚」は、あながち間違っていないかもしれない。その世界を出たときのぼくは、以前とは違う自分になっているから。元の世界で、ぼくの髪は再び生きる。


歌集を読み終えたときの既視感はこれだ。ぼくは思った。短歌で別の世界へ入り込むこと。新しい自分になるために美容室へ行くこと。『サウンドスケープに飛び乗って』は、新しく生まれるための切符だ。歌人であり美容師である、久石さんにしか発行できない。


最後に余談を。音楽も大好きなぼくは、この記事――『サウンドスケープに飛び乗って』について書くとき、サイダーガールの『サイダーのしくみ(アルバム)』を聴いていた。特に、『群青』という曲がよく合うと思った。

(群青 - サイダーガール)


しゅわ、しゅわ、しゅわ。立ち上る泡の向こうに、何かが見える。それが、『サウンドスケープに飛び乗っ』た歌だった。

4/21更新

サウンドスケープに飛び乗って - 久石ソナ(2021年)

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