Hello,sleep sheep.(睡眠誘導術/安部公房)
眠るのがおそろしく下手という意味で、僕は不眠症だ。
最近、中途覚醒が一段とひどくなった。二度寝しなければいいかもしれない。でも、そういうわけにもいかない。そんなの、明け方に眠くなるに決まっている……。
まったく眠れないわけじゃない。寝つきは良い方だし、(合計すれば)毎晩5時間以上は寝ている。でも、二、三時間おきに目を覚ましたり、ぐっすり眠れたと思ったら朝なかなか起きられなかったり……日によってばらばらなので、対処のしようがない。
以前は、病院から睡眠薬を処方されていた。たしかに、薬を飲むとよく眠れる。けれど、眠りの泥濘に強制的に引きずり込まれる感覚、目を覚ましたときに感じる、頭を押さえ付けられるような眠気……。僕はそれに耐え切れず、飲むのを止めてしまった。
僕は、ずっと欲していた。薬に頼らずに眠る方法を。そんなときに出会ったのが、『睡眠誘導術』だった。
眠られぬ夜のために、とっておきの睡眠誘導術を伝授するとしよう。
――本文より引用
10頁もない短い話なので、あんまり言及できないのだけど、本文中のことばを借りれば「岩陰からの狙撃ごっこ」だ。
「岩陰からの狙撃ごっこ」(要約)
前置き:
以下のことは、全て頭の中で行う。
①
自分は今、大勢の「敵」に襲われそうになっている。
(「敵」って何だ? とか考えてはいけない。)
②
手持ちの弓に矢をつがい、「敵」の一人に的を絞る。
③
矢を放ち、「敵」を次々に殺していく。
まあ、こんなところだ。
早速、僕も試してみた。でも、そもそも寝つきは良いんだから、これをする意味は……と考えている内に、眠ってしまったみたい。深夜に目が冴えてしうこともあるけど、そのときは、例の術のことはすっかり忘れている。だから、未だにその効果の程はわからない。
それはともかく、不都合なことに、このせっかくの安眠術が今のぼくにはまったく役立ってくれないのである。
――本文より引用
『睡眠誘導術』は、必ずしも万能ではないらしい。まあ、そりゃそうだ。結局のところ、空想上の遊びだから、その時の精神状態は必ず影響する。なので、この術によって、余計に眠れなくなってもおかしくない。
今のところ、一番良い方法は、頓服薬(精神安定剤)を服用することだ。……結局のところ、薬なのか。というか、気の持ちようなのか。それができないから、苦労しているんだけどな。
ああ。
いつになったら、迎えることができるんだろう。
万全の状態じゃないと、迎えられないのに。
……何を?
何を、って……。
“Hello,Sleep Sheep.”
まだ僕の願いは、遥か彼方にある。
睡眠誘導術(『笑う月』収録)/安部公房(1984年)