いばしょ を つくろう(天窓のあるガレージ/日野啓三)
1
ガレージには天窓があった。
2
少年は長い間、それに気付かなかった。
――(第1章,第2章)
すぐそばにあるものに、気付かないことがある。それが、後々(少なくとも、自分にとって)重要になるものであれば、なおさら。あの現象は、なんなんだろうか。名前を付けられないだろうか。
一言二言で終わる二つの断章。で、始まる「天窓のあるガレージ」。は、堀江敏幸の「戸惑う窓」に登場した。
自家用車を事故で失くすと、以来ガレージにはガラクタが増えていき、ただの物置になった。のは、少年(「天窓のあるガレージ」の主人公。名前はない。)の家庭に限らない。そして、それが両親の知ることなく、彼だけの居場所になったのも。(居場所なのだ。秘密基地で片付けるには、その場に立ちこめる空気はあまりに濃厚だ。)
堀江氏も同じような経験があったので、「少年の内面に同化することができた(「青い闇のある風景」の章より引用)」。そして、これを書いているぼくも。ぼくの場合は勉強机の下で、椅子の後ろで身を隠しているだけだったけど。それはさておき。
ガレージが居場所になったとき、少年は中学生だった。父親も学校も好きになれず、ほとんどの時間を彼の居場所で過ごしている。荒々しい言動も、反抗期と言ってしまえば、それまでかもしれない。
けれど、初めて天窓を発見したとき――そして、天窓の付近でさまざまなものを見、物思いに耽ったとき、彼は彼になったように思えた。
「少年は長い間、それに気付かなかった。」
天窓を発見する前後。
少年の今までとこれから。
「あんたたちの古くさい経験や知識やお説教は、おれたちがこれから生きてゆくのに何の足しにもならないんだってことが、まだわかんないのか。せめてできるだけ目につかないようにしてくれ」
――本文より引用
お前のことは重々承知している、とばかりにガレージに現れた父親を、少年はたまらず怒鳴りつけた。上記の台詞で、父親はようやく引き下がった。(かどうかは定かではないけど、絶望はした。)
一理あるとも言えるし、中学生の戯言とも言えるけど。反抗期を許されず、勉強机の下でうずくまっていたぼくにとって、父親に大声を上げたこと自体が、なんだかうらやましかった。
天窓もなければ、ガレージはあったけど車はあったので物置じゃなかったぼくの家。自分で自分を隔離できなかったぼく。少年は、フィル・コリンズの「イン・ジ・エア・トゥナイト」をくり返し聴いていた。あのころのぼくは、バンプ・オブ・チキンの「ダイヤモンド」ばかり聴いていた。自分を守るための、自分専用の居場所で。
天窓のあるガレージ(「天窓のあるガレージ」収録) - 日野啓三(1987年)