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【読書感想】人生を変えるチェス:『エヴァーグリーン・ゲーム』の魅力とは

🏆2022年ポプラ社小説新人賞受賞作🏆

『エヴァーグリーン・ゲーム』

♟️チェスが紡ぐ、熱い青春物語♟️

静謐な知的ゲームと思われがちなチェスだが、この小説は違う。まるでスポーツ小説のような熱量で、読者を興奮の渦に巻き込む。

✴︎作品の魅力

本作の魅力は、チェスのルールに詳しくない読者でも、登場人物たちのチェスに対する情熱が鮮明に伝わってくる点にある。
作者の巧みな筆致により、キャラクターたちの内面が生き生きと描かれ、彼らのチェスへの熱意が読者の心に響く。四人の若者たち―難病を抱える透、プロを目指すか悩む晴紀、全盲の冴理、そして天涯孤独の釣崎―が、チェスを通じて自らの人生と向き合い、成長していく姿は、胸を熱くせずにはいられない。

この熱の源泉は、自らの命さえもチェスにかける登場人物の姿勢に表れているように思う。終盤のシーンで、透が「僕にはチェスしかないんだ」と語る台詞には、彼の切実な思いが込められており、久しぶりに小説で泣きそうになった。

そして、本作は単なる青春小説にとどまらず、現代社会における若者の価値観を問い直す作品とも捉えられる。チェスという競技を通じて自己実現や人生の選択について考える場面も多く、純粋で激しい情熱を満ちた人間ドラマとして我々の心を揺さぶってくる。

✴︎読者の心を動かす力:個人的な影響

この小説の影響力は、単に感動を与えるだけではない。というのも、私自身がチェスを始めるきっかけになったからだ。

⚫︎チェスを始めた動機

また、チェスへの関心が高まり、『クイーンズ・ギャンビット』というドラマに出会えたことも収穫だった。この作品は、チェスという一見地味な題材を通して、人間の可能性と限界、そして成長の物語を描き出すことに成功している。

✴︎気になった点と総評

本作の優れた点として、キャラクターの心理描写の深さと、チェスの試合展開の緊迫感が挙げらる。一方で、気になった点としては、一人称の書き方が少し分かりにくかったことだ。「俺」が二人いるので一瞬、混乱することがあった。三人称で書くという選択肢もあったはずだが、著者が一人称のまま書くことを選んだのは、感情移入のしやすさを重視したからかもしれない。三人称で書いていたらここまで感情移入できなかったので、結果としては一人称で正解だったと思う。

✴︎まとめ

『エヴァーグリーン・ゲーム』は、チェスという競技を通じて人間の情熱と成長を描く新しい形のスポーツ小説として位置づけられる。従来の将棋小説や囲碁小説とは異なり、国際的な競技であるチェスを題材にすることで、文化面や歴史という観点からも、より広い視野と多様な人間模様を描くことができることを示唆している。この作品は、今後の日本文学におけるチェス小説の先駆けとして、新たなジャンルの扉を開いたと言えるだろう。この作品に出会えたことに感謝し、今後も多くの読者の心を動かし、新たなチェスファンを生み出していくことを願っている。

✴︎『汝、星のごとく』とは違ったスタイル

もし、あなたが人生をテーマにした小説を書くなら、どんなストーリーを紡ぎだすだろうか?『エヴァーグリーン・ゲーム』と『汝、星のごとく』は、それぞれ異なるアプローチで若者の人生を描き、読者に小説の方向性を考えさせるきっかけを与えてくれた。

この二作品を比較してみると、両者とも若者の成長と葛藤を描いているものの、その描写方法と物語の展開に大きな違いがあることがわかる。

『エヴァーグリーン・ゲーム』では、4人の若者たちがチェスを通じて自身の抱える問題や障害を乗り越えていく姿が描かれる。難病を抱える透、プロを目指すか悩む秀才の晴紀、母親からの圧力に苦しむ冴理、そして孤独な人生を送る釣崎といった具合に、各キャラクターが最初から明確な課題を抱えている。物語は、彼らがチェスという競技に打ち込むことで、これらの障害を克服し、成長していく過程を描いているのだ。

一方、『汝、星のごとく』は、主人公の暁海と櫂が元々抱えている家庭環境の問題に加え、物語が進むにつれて新たな壁や困難が与えられていくスタイルを取っている。
高校卒業後の遠距離恋愛、母親との関係、社会的な期待との葛藤など、次々と新たな障害が登場人物たちの前に立ちはだかる。

この違いが、両作品の主題と物語の構造および読後感に大きく影響していると考える。

『エヴァーグリーン・ゲーム』は、チェスという具体的な目標に向かって成長していく姿を描くことで、読者に勇気を与える物語となっている。読後感を喩えるなら、水を飲んだ後のようなスッキリ感。

一方、『汝、星のごとく』は、人生における様々な選択と、その結果生じる新たな課題に直面する過程を描くことで、より複雑で現実的な人間ドラマを展開している。そのため、読後感としてはカカオ70%のチョコレートを食べた後のような苦味が残るテイストといえる。

両作品とも、若者の成長と葛藤を描いてるが、『エヴァーグリーン・ゲーム』がより目標達成型のストーリーを展開しているのに対し、『汝、星のごとく』は人生の複雑さと選択の難しさを強調する物語となっている。

この違いは、執筆活動をする際に物語の方向性を決める重要なポイントとなるだろう。

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