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13歳、懲役6年。-田舎のお利口さんと都会の怠け者-
〜田舎のお利口さんと都会の怠け者〜
朝の静寂。鳥の囀りが鮮明に響く。教室では皆、目を伏せるように黙々と本を読んでいる。
現在、日本最果ての田舎のある高校に、わたしは勤めている。気が付けばいつの間にか、あの頃の「敵」になっていた。
30歳。オッサン一年生になった気分だ。
一年生のクラス副担任として毎日生徒の顔を見ていると、あの頃の自分と少し様子が違うことに気がつく。まるでこちらを敵視していない。むしろ味方、共同体、当然敬うべき存在のような目線を向けてくる。
そうだった。これが通常だった。生徒は教師を敬うことが当たり前なのだ。
-通常?
あの「敵」との戦いの日々は異常だったのか?「味方」と過ごした日々も異常だったのか?
少し冷静に考えた。
わたしたちは皆、小学校を卒業してすぐに家を離れ、監獄のような寮へ投獄された。そこには看守のような寮監がいて、それにどう立ち向かうか、どう隠れるかばかりを飽きることなく話していた。
異常かもしれない。しかしわたしたちは健全に「個」を解放していた。解放の術を知っていた。
満たされていた。それがわたしたちの通常だった。
卒業して、離れ離れになったわたしたちの心には、ポッカり穴が空いていた。もう「敵」はいないし、もう隠れて加湿器で鍋をしなくてもいいし、ダミー作りを試行錯誤したり、センサーに感知されないギリギリのルートを通って寮から脱出したりしなくてよかった。
あの頃は毎日夢に見ていた。
(早くここから出たい、自由になりたい、普通の生活がしたい、家に帰りたい、ゲームをしたい、ケータイで女子とメールしたい、ゆっくりしたい、早く卒業したい…。)
懲役6年を終えてようやく、その全ての夢が叶った。
しかしそれは、安堵とは少し違った感情だった。
わたしはふと違和感に気がついた。
あれ、おかしい。今の生活が、これこそがあの頃望んでいた自由な世界なのに、なんだか心が寂しい。
…そういえばこのセリフ、誰かも言ってた気がする。
…そうだ。寮監の先生だ。
わたしは、卒業後も少し寮監の先生と連絡を取ったり、寮に帰って会ったりした。
何年前だったかな、久しぶりに寮に帰ってイシイ先生に会って、うどん屋さんに連れてってもらった時だ。
相変わらず面白いイシイ先生のエピソードトークで一通り盛り上がった後、静寂が車内を包んだ。
「もう、寮生の世代もすっかりかわってなぁ…。」
運転席に座るイシイ先生の横顔は、少し寂しそうだった。
「夜の集い後の寮は、めっちゃくちゃ静かやわぁ…。」
イシイ先生、こんな老けてたっけ?
「夜の巡回してても、みんなちゃーんと寝とるわぁ…。」
あれ、イシイ先生、メガネが変わってる。
「朝の集いにも誰も遅刻せん。皆んな時間通りに降りてくるんやぁ…。」
イシイ先生、よく見ると、おばあちゃんにも見えなくもない。
「学習時間も、ちゃーんと勉強しよる。」
…やっぱり寂しそうだ。あの頃からずっと寂しくて虚しいのは、わたしだけじゃなかったのか。
⭐︎
寮での6年間の懲役を終えて、やっと自由になったわたしたちを待ち受けたのは、地獄の監獄よりも辛い、虚無の日常の始まりだった。
わたしたちは毎日、刺激を求め都会を彷徨っていた。もう、わたしたちにとって「異常」は正常で、世の中の「正常」こそ、わたしたちにとっては異常になっていた。
ずっと当時の仲間たちや、「敵」だったはずの寮監の先生たちの顔ばかり頭に浮かべて生活していた。
⭐︎
うどん屋に到着するまでまだもう少しある。うどんを食べて数時間したら、また虚無の日常に戻ってしまう。今日が終わってしまう。
イシイ先生が再び口を開いた。
「夜、巡回せんでもええわ。誰も騒いどらん。寮から抜け出すやつも、鍋するやつもおらん。」
イシイ先生の言葉に、少しずつ気持ちが溢れてきた。
「不思議じゃのう。これこそずっと目指してた寮やのに…。面白くないんじゃ。」
一度溢れた気持ちに歯止めは効かなかった。
「な〜んで、勉強しとんじゃ。な〜んで廊下でサッカーせんのじゃ。な〜んで一箇所も壁に穴開かんのや。」
強い言葉尻には、怒りではなく、寂しさが見えた。
「面白くないわ。あの頃に戻りたいわ…。」
イシイ先生も、虚無の日常を彷徨う人間の1人だった。
⭐︎
あれからもう10年以上時が過ぎてしまった。
気がつけば、わたしは「敵」になっていた。
…そうだ、今はホームルーム前の「朝読書の時間」だった。
鳥の囀りが鮮明に響く。教室では皆、目を伏せるように黙々と本を読んでいる。
わたしは彼らの成長を抑えつけてないだろうか?
わたしは然るべき時に、彼らの敵になれるだろうか?
彼らの楽しい青春の邪魔をしていないだろうか?
彼らは毎日、満たされているだろうか?
わたしはあの頃の寮監の先生みたいになれているか?
本を読む姿を眺めながら、自分に問うた。
ーそして気がついた。
わたしは大人になってしまった。
おわり