あなたの一部がわたしだったらいいのに
「本当に好きだった」
優しい眼差しで缶コーヒーを飲みながら語るあなたを見て、胸が苦しくなった。それほどに美しく焼き付いた思い出になっている昔の恋人。あなたの記憶の中できれいにディスプレーされている彼女がいる。仕事をしている途中とか、家でゆっくりしているときにふと思い出すのだろう。今もなお、あなたの心の中を独占し、いつづけるその人がうらやましかった。どうしたら彼女のようになれるのだろうか?最初にきいたときからそのことで頭がいっぱいだった。少しの時間でもいい、思い出すくらいでもいいからあなたの考える時間にわたしがいたらいいのに。独占はできないけど「特別」という言葉がほしかった。
素敵な過去と不安な現実
あなたが私くらいのころ、結婚している別の人がいた。仕事関係で知り合った人と話していくうちにだんだん惹かれていき、その人と駆け落ち同然で家を飛び出した。どこかでみたドラマの1シーンのようなエピソードだけど、あなたから聞く物語は純愛のラブソングのようで、私は息をのんだ。「どこがと聞かれるとわからんけど好きだったね」と語った時の顔はいつも無表情なあなたからは想像のできないものだった。毎日一緒に過ごしても、どんなに愛し合っても足りないと思うのはきっとあの人のせいだろう。わたしの好きは細胞分裂のように増殖していくのに、あなたに届くことなく朽ち果てていく。過去の思い出なんてすぐに乗り越えられると思って聞いていたけど、そのたびに心臓をわしづかみされるように切なくなった。いま、隣にいるのはわたしなのに、こころの距離はちぢまらないままだ。仲良く買い物に行ってもあの人と一緒だったらいつまでも手をつないでたんだろうなとか、体を重ねていてもあの人だったらたくさんの愛を語りかけながらするんだろうなとかそんなことばかり考えてうまく息ができなくなる。わたしとあなたのスキが違いすぎてだいぶ先を歩いているようだった。
彼女に別れをつげた日、つらくて悲しくて仕事も手につかなくなるほどだった。家に帰るとつらくて声をあげて泣いたそう。ねぇ、あたしがいなくなったらあなたは泣いてくれる?
涙で愛の重さは測れないかもしれないけど、抑えきれない感情が出るほどすきだったと知るとわたしが入る隙間もないくらいに思える。それでもあなたを手放すことはできないの。忘れられない人がいてもいい、それほど好きじゃなくてもいい、あなたが息をしなくなるその日までそばにいるって約束するから。あなたの大好きなあの人にはなれないけど。
こんなに苦しいなら
人を好きになるのがこんなに苦しいものだとは知らなかった。そう思うともっと追いかけたくなる。かけひきをしていたらかなわない、素直な気持ちでないとわたしに勝てるすべがない。そんなに多くの武器はもちあわせてはいないから。あなたの強いおもいだけが唯一のものだ。きれいでも可愛くもないわたしにはそれしかなかった。燃え上げるような恋はもっとたのしくて、うれしくて、きれいなものだと思っていたけど、違ったね。あなたを思うわたしは醜い感情でいっぱいだ。こんな人間だったってイヤってほど思い知らされる。それほどあの人と自分を比べていた、ほかの人になれるわけがないのに。いっそのことあなたの一部にわたしがなれればいいのに。息をするように、まばたきをするように、鼓動をうつようにあたりまえにすることがわたしだったら・・・ひつような存在になるし、特別にもなれる。
そしたらこんなにくるしまなくてもすむのに。