四体 〜そして誰も量の変化に気づけなくなった〜
これまでのあらすじ
このエピソードは、私が日本の総理大臣よりも信用ならびに信頼している黒夢(クロム)@俳号さんからいただいた『グラムの定義を変えてくる仮説』をベースに書いています。
謎の信号と四体星人からの『贈り物』
宇宙の彼方から届いた信号。アレシボ電波望遠鏡がそれを捉えた夜、科学者たちはそれが偶然ではないことを感じ取っていた。その信号には未知の理論が含まれており、解析が進むにつれて彼らは自分たちの理解を超えた『重力カロリー理論』に触れることとなった。信号は鉄の惑星『メタルスフィア』を指し示し、その周囲を回る四つの恒星が異常な軌道で安定していることを明かしていた。そこに住む知的生命体『四体星人』が、人類に革新的な技術を授けようとしていたのである。
四体星人からの電波と謎のファイル
四体星人が送ってきた電波はいくつかの塊に分かれていた。その中で、親日的な四体星人が最初に送ってきた電波の一つは『readme.txt』という名前で、この電波は暗号化されていない平文で記されていた。その内容は次の通りであった。
『はじめまして。私たちは四体星人です。地球の人工衛星からNHKの衛星放送の電波が漏れていたので、日本語を覚えました。地上波契約よりも高い料金設定の衛星放送契約についても、セキュリティが脆弱だった呪縛銀行に仕込んだ金利操作プログラムで得た利益を、四体星人(ヨンタイ・セイジン)名義でNHKに振り込み済みで、NHK BS1やNHK BSプレミアムなどの衛星チャンネルも視聴しても問題ないように配慮しています。
私たちはこのようなICT技術のほかにも、地球よりも優れた技術をたくさん持っています。例えば、重力制御技術やエネルギー密度調整法などがあり、それによって地球のエネルギー効率は飛躍的に向上するでしょう。』
科学者たちはその言葉に魅了されたが、実際に技術を試そうとする中で、その異様な内容に次第に恐怖を感じ始めた。なぜなら『disclaimer.txt』だけは、一見『.txt』ファイル形式であるかのように見えたものの、内容はイミフであり、世界中の量子コンピュータが協力して暗号解読を試みても、どんな免責事項が書かれているのか一切解明できなかったからだ。
似非科学の猛威と科学者たちの崩壊
四体星人の送ってきた理論は一見革新的で魅力的だったが、理解を深めるごとに人間の理解を超越した何かに直面させられた。物理学の専門家であるS博士は、信号を解読するたびに頭痛を感じるようになり、やがて『重力の変化に伴ってエネルギー効率がどうしてこんなにも飛躍的に変わるのか?』と疑問を抱いた。説明のつかない計算式が次々と現れ、ついには四体星人の技術が『シュリンク量子化』に至るまでの論理を試みるが、その過程で彼は自分の理論が崩壊していくのを感じた。
ある日、同僚のN博士は暗い実験室で数式を見つめていた。『このシュリンク量子化技術は、質量が減少してもエネルギーの状態が保持されると説明しているけど、どうしてそんなことが可能なの?』と、彼女は頭を抱え、数式を見つめるたびに現実が遠のく感覚に囚われていた。そして彼女はある瞬間、実験室で息絶えた。死因は『極度のストレスによる脳出血』と診断されたが、実際には彼女の精神は異星の理論の重圧に耐えられなかったのである。
次々と崩壊していく科学者たち。物理学者のS博士は、重力カロリー理論の数式に取り組み、試行錯誤の末に最終的に理解した。『これは…違う。これは、物理ではない』と呟き、持っていたペンを落とした。数週間後、彼の姿は発見されたが、顔は異様に痩せこけ、目には理解し得ない真実を垣間見た者の怯えが焼き付いていた。
日本企業のシュリンク値上げと国民の変化
一方、日本の大手企業は四体星人からもたらされた『シュリンク量子化』の技術に目をつけた。経済の停滞と原材料の高騰に悩む企業の経営者たちは、この技術を使って製品のコストを削減しようと考えたのだ。
『見た目や味はそのままに、製品の質量を微妙に減らせる。この技術を使えば、消費者に気づかれずにコストを削減できるぞ!』と、食品メーカーの経営会議で役員たちは熱心に議論を交わした。こうして、日本の企業は次々と『シュリンク量子化』を製品に応用し始めた。
防腐剤、保存料、酸化防止剤、増粘剤、人工着色料、さらに過剰なナトリウムが含まれているコンビニのおにぎりや、日本国外では違法とされるレベルのトランス脂肪酸を大量に含んだショートニングやマーガリンを使用した菓子パンやスナック菓子、ホルモン撹乱作用があり、発癌性や神経毒性の懸念があるビスフェノールA (BPA)、プラスチックの柔軟性を増すための添加物であるフタル酸エステル類(環境ホルモン作用があり、発癌性や生殖毒性のリスクが指摘されている)、プラスチックの劣化過程で発生するアセトアルデヒド、塩素処理によって生成されるトリハロメタン、さらには鉛、カドミウム、ヒ素、そして最近日本でも話題になっているPFAS(パーフルオロアルキル化合物)を含んだ飲料水や、ハウスシックネスシンドロームの原因物質が大量に含まれた日用品に至るまで、あらゆる製品の内容量がわずかに減少していった。
しかし、パッケージのサイズやデザインは変わらず、価格も据え置かれていた。消費者たちは当初、その変化に気づくことはなかった。否、PFASだけは最近話題なので知っていたが、他の物質名は聞いたことすらない人が大半だった。しかし、それでもどんな物質にも騒ぐ環境団体や消費者団体は文句を言ってくるので、食品・飲料メーカーにとって、体に悪い物質の重量を見かけ上ゼロにできる『シュリンク量子化』は極めて魅力的な技術だった。
四体星人の計画とシュリンク量子化の拡散
四体星人の『シュリンク量子化』は、地球上の製品や物質の密度を変え、見た目や表面上の内容量を変えずにエネルギーを極限まで効率化させる技術として導入された。しかし、その実態は『物質の定義』自体を根本から変える技術だった。
やがて、日本人全体が徐々に痩せ細っていく現象が顕著になったが、人々は自分たちの体型の変化を『健康的になった』『流行のダイエット効果だ』と楽観的に捉えていた。メディアもまた『日本人の美意識の高さ』を称賛する報道を繰り返し、真実を隠蔽していった。
そして誰も・・・
四体星人の本当の目的は、地球の資源を使い、人間が少しずつ弱っていくようにすることだった。地球上のものの重さは少しずつ減っていったが、人々はその変化に気づかなくなっていた。科学者たちも、いつの間にか四体星人の考えを『未来の常識』として受け入れてしまい、昔の考え方に戻ろうとする人はいなくなった。
新ゆとり教育で育ち、自由な考えを持つ小学六年生のT博士は『博士』というあだ名を持ち、冬休みの自由研究で昔のデータを調べて疑問を持ち始めた。
『どうして、食べてるカロリーの量と体重の減り方が合わないんだろう?』
彼は昔のデータと今の状況を比べて、その違いに気づいた。しかし、先生たちは四体星人の技術を信じきっており、彼を『TPFD(Traditional Physics Fixation Disorder):伝統物理学固執障害者』と呼んで遠ざけてしまった。
T博士は独自に調査を進め、シュリンク量子化が人々の生活に及ぼす影響を突き止めた。しかし、その事実を公にしようとした矢先、彼は突然消息を絶った。残されたノートには、こう記されていた。
『四体星人の計画は、人間が量の変化に気づけないような社会を作ることだった。もう、昔の物のあり方には戻れない…。日本の企業がこの技術を使ったせいで、僕たちは自分からその罠にはまってしまったんだ。』
こうして四体星人の計画は完成し、人間はその道具のように扱われることになった。
そして誰も量の変化に気づけなくなった。
武智倫太郎
自己解説
このような地球外生命体(エイリアン)との初めての接触をテーマにした作品群は『ファーストコンタクトSF』と呼ばれています。このジャンルでは、人類が未知の文明とどのように交流し、理解を深めるか、あるいは対立するかが描かれ、異なる知性や文化との交流によって生じる心理的、倫理的、哲学的な課題がテーマとなります。以下に、代表的なファーストコンタクト作品をリストアップし、簡単に解説します。
代表的なファーストコンタクト作品
『コンタクト』(Contact):カール・セーガン原作
天文学者が宇宙からの信号を受信し、エイリアンと接触するプロジェクトに携わる物語です。科学、宗教、そして人類の存在意義をテーマにした深い哲学的な作品です。
『未知との遭遇』(Close Encounters of the Third Kind):映画 (監督:スティーヴン・スピルバーグ)
人間が異星人の存在に触れ、最終的に交流する物語。人間の信念や恐れ、未知への探求心が描かれています。
『幼年期の終り』(Childhood's End):アーサー・C・クラーク
高度な文明を持つ異星人が地球を訪れ、人類を導く様子が描かれています。人類の進化や社会の変革をテーマにした作品で、ファーストコンタクト後の社会の変化が重要なテーマです。
『アライバル』(Arrival):映画 (原作:テッド・チャン『あなたの人生の物語』)
言語学者がエイリアンとの意思疎通を図る物語。異なる言語や時間の概念を持つ異星人との対話の難しさと、その意義が深く探求されています。
『終りなき戦い』(The Forever War) :ジョー・ホールドマン
ファーストコンタクトが戦争を引き起こす可能性を描いた作品。異星人との対立から生まれる悲劇や、相対性理論による時間の遅れがもたらす社会の変化、異なる文化同士の誤解がテーマで、戦争のもう一つの側面としてのコンタクトが描かれます。
『スフィア』(Sphere):マイケル・クライトン
海底で発見された謎の球体を調査する科学者たちの体験を描き、未知の存在に対する人間の心理と恐怖を扱っています。ファーストコンタクトが直接的な対話や交流だけではないことを示しています。
『神様の目の小さな塵』(The Mote in God's Eye):ラリー・ニーヴン & ジェリー・パーネル
人類が初めて異星人種族と遭遇する物語で、異なる生態や文化を持つ存在との相互理解の難しさと学びが描かれます。
ファーストコンタクトのテーマの意義
上記の作品以外にも、小松左京、星新一、筒井康隆といった日本のSF黎明期の作家でファーストコンタクトものを書いていない人はいません。それほど高度な科学知識がなくても、宇宙人に対する人間の反応を描くことが中心であるため、この分野はSF入門に最適といえます。
ファーストコンタクト作品の魅力は、未知の知性との接触がもたらす好奇心と恐怖を同時に描き、人類の本質、異文化理解、そして存在の意味を問いかける点にあります。他者との違いをどう理解し、受け入れるかによって、人間社会や倫理観がどのように変化し得るかが、このジャンルの特徴としてよく表現されています。
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