学習理論備忘録(7) あきらめるのはまだ早い。僕らには迷信があるじゃないか!
前にも述べたが、「学習性無力感」が成り立つ図式は
「結果が反応に伴わない!」 → 「自分にはコントロールができない!」 → 絶望
である。ここでの「勉強したのに成績がまったく上がらない」という学習は、
てるてる坊主をつるした → 晴れる → またてるてる坊主をつるす
という「迷信行動」とは対極にある。
ほぼ余談だが、スキナーが鳩の迷信行動について述べたのが1948年である。それから時を経て、この天才の偉大な業績をひっくり返す概念をセリグマンが提唱したのは1975年。計算上はセリグマンが33歳のときであることになるから驚く。
ただ、学習性無力感を支持する実験では、実験者が被験者に「これ、あんたに制御できないよ」と耳打ちをするフィードバックがなされるものが多かった。本当は自分で気づいてうつ病になる、というモデルが建てられていたので、そのあたりを厳密に検証する実験がなされることになる。いざ、迷信行動派 VS 学習性無力感派 の試合開始である。
多くの実験の結果は、、
フィードバックをなくすと、被験者は「自分にはコントロールできない!」と思うことはなかった。逆に「自分にはコントロールできる」という錯覚を持ち「いや、実はコントロールできない設定でしたー!」と種明かししてもなお、「いやいやいや。そんなことないでしょ」と己の確信を捨てなかったのである。
科学は統計を使って、何かと何かの関係を厳密にする。たとえば本当に薬が効くのか効かないのかの検証は、薬剤メーカーが慎重にしている。
一般人は、もっといい加減で素朴な実験者である。統計的な知識どころか、論理的な推論さえあやういこともある。それでいて確信ばかりは強く持つ。
「私はこの薬がないと眠れないんです!(キリッ)」
おかげで、睡眠薬が不眠の原因になっていてさえ、薬を手放すことはしなくなる。
ただ、正しい推論をするのに、必ずしも統計の知識は要さない。統計学が発達する以前からも、人はたくさんの正しい結論を出してきた。どのキノコが安全でどのキノコに毒があるかということについて正しく把握できないと、飢え死に・中毒死のどちらの可能性も増すのだ。人類にはそれを経験から把握する能力を与えられている。それは、統計学で使われるような検定を計算しなくても、人ではカテコラミンという物質がうまいこと働いてくれ予測を立てられるようにできている(人に限らない。虫も別の生体アミンをも利用した、予測を立てる仕組みを持っている)。
問題は、科学者でもなければ(あるいは科学者でもしばしばそうだが)、人は中立に実験をしない、というところにある。
例えば最初の経験、というものはとくに大きな意味を持つことがあるかもしれない。初めて食べた赤い斑点のキノコを食べて、その後お腹を壊した。すると、赤い斑点のキノコを「食べない」ということは試すだろう(試すというかなにもしないのではあるが)。それでお腹を壊さなかった。ではもう一度赤い斑点のキノコを「食べる」ということは試すだろうか?
これが、左のボタンを押せば光るか、右のボタンを押せば光るか、あるいは光らないか、ということを知るのが目的ならば、どちらでもいくらでも試すだろう。だが現実世界では実験室のようには実験しない。一度お腹を壊したという経験が学習されているとき、「食べる」はボタンを押すようには試されず、忌避されつづけるのだ。
推論能力はあっても、実験が偏っていては真理は知り得ない。
かくして迷信は成立し、くつがえらないままに残る。緑青(ろくしょう、銅のサビ)が毒だと思われていた時代があったし、トマトを食べると死ぬと思われた時代も長くあった。ウナギと梅干しをいっしょに食べるなといった食い合わせに関するタブーはいまだに多く存在する。だれかがそれを摂取した後にたまたま体を壊したことがあったといったところか。人間の場合さらに、個人の経験が噂として拡散され、それが信じられる。
迷信のおかげで学習性無力に陥らないならばそれは結構ではある。ただ、正しい・正しくないさまざまな推論を生み、正しく推論したものだけがなんとか生き残ればよい、というのが進化上の戦略である。
毒キノコを食べつづけることはおろかだ。直感的な思い込みによらずどれが毒キノコかを正確に知り得る時代において、頑なな迷信にしがみつく者をどう扱うのがよいのかは、難しい問題である。
Ver 1.0 2020/7/31
Ver 2.0 2020/8/7 一部修正を加えた。虫が主にカテコラミンを利用しているように取られる書き方であったが、オクトパミン、チラミンといった虫で特有な生体アミンは、カテコラミンではなくフェノールアミンである。(それらはヒトの生体内にもあるというが、神経伝達物質としての機能は知られていないはず)
どちらかというと、今回の話はこちらの続きになっています。
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