アニメ映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』感想 蘇る水木しげるのメッセージと、葬りさられる昭和
継承されるべきは昭和の夢ではなく、水木イズム。アニメ映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』感想です。
戦後昭和を代表する漫画家の1人である水木しげる。その代表作の1つで、何度もアニメ化された『ゲゲゲの鬼太郎』ですが、本作は2018年から放送されていたTVシリーズの第6期をベースとして、その鬼太郎の誕生前、父親となる目玉のおやじ、(作中ではゲゲ郎)を主人公としたオリジナル作品になっています。割とノーマークでしたが、聞こえてくるあまりの評判の高さに観ずにはいられなくなりました。
アニメの6期は、あまり観てはいませんでしたが、チラッとテレビを点けた際に、結構ブラックな描き方をしているのが印象に残っていました。平成以降の悪い妖怪を退治するヒーロー的な鬼太郎像を基本としながらも、人間の愚かさを描いて諷刺するという、原作初期の『墓場鬼太郎』の空気を持たせているというイメージがありました。そして、本作はそのブラックな部分をより強めた作りになっています。年齢推奨もPG12となっていて、明らかに親子連れに向けてはなから作っていない作品のようです。
物語の下敷きになっているのが、横溝正史の小説であることは誰しもすぐわかるようになっています。村社会で起こる不気味で陰惨な殺人事件のおどろおどろしさを、『墓場鬼太郎』の雰囲気と上手く繋げています。
昭和のイヤな空気感も、かなり巧みな演出で見せています。列車の中で子どもが乗り合わせても所構わずタバコを吹かしているところなど、昭和がファンタジーとなってしまった現代に対して、こんな小汚い時代だったということを突き付けるものになっていると思います。水木を始めとする、人間キャラクターの足の短さなんかも、昭和の男性の体格という感じが非常に出ています。妖怪やら、不気味な因習ある村といった荒唐無稽なアニメ作品なんですけど、その辺りのリアリティある描写が絶妙なギャップになっています。
描かれている惨劇は、ちょっとギョッとするほどの表現になっていて、終盤で明かされる龍賀一族が抱える業は、PG12どころではないものになっています。同じく横溝作品の派生であり、水木しげる以降の妖怪文化を担う京極夏彦の小説作品的な影響も感じます。正直、登場した妖怪の印象は薄く、鬼太郎作品であることを忘れそうなくらいでした。
ただ、妖怪よりも人間の方がよっぽど恐ろしいという描き方は、『鬼太郎』が描いていたテーマの1つでもあり、そういう意味では正しく水木イズムを表現した作品といえます。
水木が戦地で体験したことも、『総員玉砕せよ!』で描かれていた理不尽な戦争体験から引用されており、ここでの世にも醜い人間の姿を、龍賀家に象徴される戦前日本の価値観とリンクさせているのも最悪で、とても巧みな表現ですね。いわゆる、大儀のためであれば少数の犠牲を厭わず、国という大きな集まりのために犠牲になるのは本望という価値観です。そして、それを主張するのはいつも犠牲になる側ではなく、偉そうに椅子に座るだけの奴らなんですよね。
恐ろしいのは、現実でもその構造が、戦後がとっくに過ぎて、昭和と平成が終わり令和となった現在でも、未だに続いているということなんだと思います。それを踏まえて、この脚本が書かれているんですよね。まさしく水木しげるが生きていて漫画家として現役だったら、描いていたであろうメッセージになっていると思います。
エンタメ的な部分も充分に評価できる内容であり、水木とゲゲ郎のバディ感、龍賀家の人々同士の複雑な関係性(説明なしに、ちょっとした仕草のシーンだけでドロドロの裏設定を見せているのとか、本当に巧み)、鬼太郎に受け継がれていくゲゲ郎のヒーロー的アクションなど、「面白いアニメ」としての仕事もきっちりとクリアしています。
強いて難点を挙げるとすれば、クライマックスのバトルでは敵の強さが過剰すぎて、逆転劇がシンプル過ぎる感じがした点ですかね。もう少し戦には理を持って、というような部分が欲しい気もしました。
龍賀家の因習が、あまりにもホラー的過ぎて、とあるキャラクターの扱いが酷すぎやしないかという思いを感じていましたが、そこもエピローグできっちりと鎮魂の場面を設けているのも隙がない作りになっています。ここの部分だけでも落涙してしまいそうになりました。
ラストで『墓場鬼太郎』のオープニングに繋げているのも、多少の強引さはあるものの、かなり納得いく出来になっています。原作の鬼太郎の両親は、ミイラ男的な姿の父と、お岩さんのような母というの姿が、この物語で説明されているんですね。原作への冒涜に思うファンもいるかもしれませんが、二次創作の作品としてはハイレベルなものになっていると思います。
ここまでヒットするのを狙っていたのかはわかりませんが、ゲゲ郎と水木の関係性にブロマンス的で、今のアニメのヒット要素を満たしているし、そのうえで、痛烈な社会批判をブチ込んでいるのは、確実に普段その意識がない層をターゲットにしているんだと思います。ポップカルチャーを使った破壊のないテロ行為のような作品です。
この作品のヒットで、昭和の嫌な価値観というものが滅びる契機になることを願います。