世界一小さな芸術祭No4〜人間音声ガイダンス
座椅子に座り、しばらく時間が経過していた。
さて帰路につくかと腰をあげようとした時、あることを思い出した。
人間音声ガイダンス!
これは一体なんなのだろう。
無性に気になり寺越にメールを送り人間音声ガイダンスをお願いする。
すると
「少しお待ち下さい」
と寺越から返信があった。
座椅子に腰を下ろして今しばらく待とうとしていたその矢先、寺越がとんできた。
「人間音声ガイダンスをありがとうございます。500円になります」
そうだ、有料だった。
私は寺越が説明するのを人間音声ガイダンスと呼んでいるのではと予感した。予感は的中した。
寺越が説明を始める。
「どこからいきましょうか?」
どこからだと、こっちに問うのか。
私は困惑しつつ
”では始めからで”
と答えてしまった。これがのちに後悔する事になるとは私はしらなかった。
「分かりました。そうですね~この企画の第一弾は四国を香川、徳島、高知、愛媛の順で一週間ずつ回ったんですよ。そこで作ったものを中心に話していきますね。香川はキリコさんという女優の方を中心に繋がって、あ、キリコさんは実は凄い前にそれこそおれが演劇やり始めた位に一回共演経験があるんですよ。その時にキリコさんとやりとりしたの全く覚えてないんすよね、おれ(笑)」
「まぁそれは置いといて、そのキリコさんと初日の夜話してて、キリコさんが”私久しぶりにこんなに芝居の話ししたかも。あんまりこういう話しする人ここでいなくてさ。孤独なんだよね(笑)”といってたんすよね。え、孤独なのか?こんなに文化的にも面白い香川で?っていうか孤独ってなんだ?とかおれ思っちゃいまして。宿帰って孤独の事考えてる時にこの日キリコさんに連れていってもらった本屋ルヌガンガの事思いだしたんすよ。」
「おれ本との出会いって人との出会いと似てるなぁと思ってて、本屋って本と出会わせてくれる場所じゃないっすか。本屋を香川県に置き換えて、本(人)と出会えるおれと本(人)と出会えない孤独なキリコさんはどういう行動に出るか?というのをパフォーマンスでやってみたいとおもったんすよね。そんでキリコさんに速攻思いついたパフォーマンスの内容送ったんすよ。そしたらキリコさんの返信が”了解”みたいな感じだったのかなぁ。まぁこの時点で気づくべきでしたね、以外と乗り気じゃないってことに。」
怒涛のように喋る寺越に圧倒され、口を挟めない。身体が外気温に触れどんどん冷たくなっていくのを感じる。
だがお構いなしに寺越は止まらない。
「そんで次の日、予約制の古本屋 なタ書にキリコさんが予約してくれてたからいったんすよ。っていうか予約制の古本屋って意味わからなくないっすか?最高っすよ。そこの店長のキキさんって人も最高に変な人で面白かったなぁ。あ、そこでゆったりしながらキリコさんとキキさんとおれで話してたらキリコさんが急に”寺越くん、キキさんに昨日のパフォーマンスの事言ってみたら”っていうからキキさんに言ったんすよ。そしたらキキさんが淡々と”それは何が面白いの?”って言われたんすよ。そしたらキリコさんも”私もよくわからないんですよ”って言って、その後も更に説明するけどあんまりいい反応じゃなくてなんか風向き悪いなぁと思い、とりあえず、コンビニ行ってビール買ってきま〜すって言ってその場を一旦出て、どうしたらいいものか?と対策練りながらビール片手になタ書に戻ったら、なんか場が賑やかになってたんすよね。そこには客らしき女の人が一人加わって盛りあがっているんですよ。」
「そしたらキリコさんが”寺越くん、この娘パフォーマンス出てくれるって”と言ったんすよね。マジ!ってなって。”はーい、私出ます!”とノリノリなんすよねその娘。これは風向き変わってきたなぁって思ってたら、キキさんが”○○ちゃんが下着になったら僕見にいくなぁ。だって本屋で下着って意味わからないじゃん”って言い出して。おいおい何言ってるんだこのオッサンはとか思いながらもパフォーマンスの事考えたら確かにその案もありっちゃありだなぁ~でも○○さんは無理だろう。でも一応ダメ元で○○さんに聞いてみたら”はーい、大丈夫です。面白そう”と更にノリノリなんすよね。そしたらキリコさんが”キキさんが来てくれるなら私もやりたくなってきた”とか言い始めて。いい流れになってきたんすよ。これは逃すわけにはいかないと思って○○さんにスケジュール聞いたら次の日しか空いてないっていうから、じゃあこれから本屋ルヌガンガに明日パフォーマンスやらせて下さいと交渉にいこうってなったんすよね」
寺越の語りは実際の経験からきているので臨場感はあるが長い‥まだまだ終わりが見えない。
外気の寒さにより私の身体はどんどん冷えていく。
逆に寺越はどんどん熱を帯びていくように見える。
「そんで本屋ルヌガンガに行って、店長に明日パフォーマンスやらせて下さいっていったらあっさりOKが出たんすよ。キリコさんと○○さんは流石に明日は無理だろうと思っていたらしく、OKが出たので明日やりましょう!とおれが言った時、驚きと共に困惑してたなぁ(笑)」
「次の日になって、まずはおれと○○さんが本屋ルヌガンガに行きそれぞれ本(人)を購入する(出会う)。それをリラックスした態勢で本屋ルヌガンガの奥のイベントスペース的な階段で読むんすよ。遅れてキリコさんが登場。彼女は本を探すが見つからない。いくら探しても店長に聞いても見つからない。本(人)と出会えない孤独な状態になる。そんでキリコさんはどうするんだろうと見ていたら、キリコさんはカバンからペンやら紙やらを取り出して自分で書いたり、お客さんに書いてもらったりしていたんすよ。あ、本を作ってるんだ。出会えないなら自分で作ってしまえと。香川県で自分で行動して切り開いていけばいいではないか、という意志におれにはみえたんすよ。これはなんか痺れましたね。まぁざっくり言うとこれが香川で作ったパフォーマンスっすね。じゃあ次は徳島ですね、徳島は」
私は咄嗟に寺越を制した。
流石にこれを全部やっていたら恐ろしく時間が経ってしまう。寺越の話しは確かに臨場感はあるが兎に角長い。何より私の身体はだいぶ寒くなっていた。カイロを持って来といてよかった。
長い寺越の話しを聞いていて、過程からそこに行き着くまでも含めて全てが彼の作ったものなのかもしれないと感じる。
このミュージアムに足を踏み入れ人間音声ガイダンスの寺越の話しを体感して、私の体力はもう限界だった。寺越にレポートを頼まれたので私は作ったものをいつも以上に真剣に見た。真剣に見るという行為はこれ程体力を消耗するものなのだろう。だが心地よい疲労だった。それは没頭している自分というものがいたからだろう。いろいろ寺越に聞きたいことはあるものの今はとりあえず帰路に着きたい。恐らく聞いたとしたら寺越の長い話しが始まるというのも少し懸念している部分もあるだろう。
ただ最後に寺越に一つだけ聞いておきたいことがあった。
”なぜこの企画をやっているのか?”
「え、やりたいからっす。やりたくなっちゃうんですよね」
愚問だったようだ。
やりたい事に明確な言葉は時として必要ないのかもしれない。寺越の顔をみてたらそんな事を考えさせられた。
人は言葉を求める、ただ言葉にできないものというのはどうしても存在する。
私は寺越に帰る旨を伝え帰路につこうとした。後ろから寺越の声が聞こえる。
「え、あ、あ、ありがとうございました、そうそうレポート楽しみにしてますよ!」
階段を降りたら外はすっかり暗くなっていた。
疲れてはいるが、すっきりした足取りで私は歩き始めた。どんどんミュージアムが離れていく。
さっきまでの時間が幻だったかのように人で溢れていて高層ビルが立ち並ぶ東京。
あんなに静かな空間で自分のリズムで過ごした時間ってここ最近なかったと感じる。
東京の人と街は忙しい。
その東京で家をミュージアムと称して世界一小さな芸術祭と銘打ってやってる寺越を思い浮かべたら笑みがこぼれた。
今夜はいい酒が飲めそうだ。
文 中谷計
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