𝖺𝖽𝖾𝗅𝖾

’99|京都|文学、哲学、ドイツ

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’99|京都|文学、哲学、ドイツ

最近の記事

もう、二度と会えない

はたと思い立ち 少し遠出をすることにした。 遠出と言っても 電車で1時間半ほど。 神戸は、何度か訪れたことがある。 だからこの街を分かっているつもりだったけれど 駅に降り立った途端、ぽつん。 そこは見知らぬ街で、 私は紛れもなく訪問者だった。 公園を歩いていると、 朝からジョギングをしている人や バスケットボールをする少年たち、 手を繋いで散歩をしている家族。 私の住む場所ではあまり見ない 平和な光景に心がほぐされる。 ふらふら歩いていると 私を呼ぶ懐かしい声がして、

    • 言い訳をしておこう

      25歳になった。 あっという間に過ぎていく毎日。 ただ、何かを待っているだけのような日々。 文章を書く理由の一つに、 その時、その瞬間の記憶を咀嚼したいという思いがあった。 忙しなさや休息にかまけて、続けられていなかったけれど 続けることが目的ではないのだから、いいじゃないか。 なんて、自分に言い訳をしておこう。 本や、書くことや、観ること、感じること、考えること・・ どれが欠けてもいけないと、私は分かっているはずだ。 どれだけ楽しくても、煌めいていても、 忙しなさ

      • 「この世界がきみのために存在すると思ってはいけない」

        自宅の近くにできていて気になっていた よし行くぞと決めて、重い腰をあげる 静かな路地の奥にある 本と喫茶のお店 ストーブと墨の幽香がすっと鼻を抜ける 店主さんの細やかなセンスがあちこちに光っていた 紅茶とシナモンをじっくり煮出した シナモンミルクティー コーヒーを飲む気満々でいたのに メニュー名の下に添えられてる文で心変わりした ちょっとした何かが、感情や意思判断に及ぼす影響の 計り知れない大きさを、ふと、直で感じた瞬間 目の前にあって読んでみた小説の冒頭に、なぜ

        • Heaven knows I've tried

          朝から用事があったから 早く起きなきゃいけなかったのだけど その夜は大きく漠然とした不安と、気づかないフリをし続けていたプレッシャーが、とうとう我が身にのしかかってきた。そう、これはいわゆるPMDDと呼ばれる月経前不快気分障害。 ホルモンのせいだと言い聞かせてとりあえず、思い切り悲しんだ。泣いて、しばらく経てば自然と眠くなるだろうと思っていたけれど、そうはいかない。 頭の中を駆け巡る、手に負えない何か。 Laufey の "Let You Break My Heart A

          もしくは、それに似た何か

          雨が降ったり止んだり、一日中じとじとしている中、京都にも梅雨入りの知らせが。 だから、先週末は雨だろうと思っていたけれど、土曜日曜は、束の間の晴天が訪れて嬉しかった。 相変わらずたくさんの人で賑わう鴨川。 これは自然の中特有の穏やかな賑やかさだろう。繁華街や遊園地にあるような、切迫感とは無縁の賑やかさ。このような光景はいつまでも見ていられるな。 出町柳まで歩き、叡山電車に乗る。 一年ぶりの貴船神社。今回は、好きな人と一緒に。彼は貴船神社が初めてとのことで、「楽しんでもらい

          もしくは、それに似た何か

          鴨川、花火の匂い

          帰り道、もうとっくに日も暮れて 最寄りの駅に着く頃には辺りが暗くなっていた。 ふと、鴨川に足を運んでみる。 日中はたくさんの人や動物の憩いの場となり 賑やかなここも、この時間になると静かに。 わたしはこの時間の鴨川が好きだ。 気を抜くと、呑み込まれてしまいそうなほど この川は大きく、暗く、 何世紀もの歴史を背負っていて、深い。 呑み込まれるのを待っている時間だけは 全てから解放されているようで、清々しい。 そのうち、待っていれば 悲しみや苦しみもすべて 呑み込んでく

          鴨川、花火の匂い

          わたしなら

          気持ちが下へ、深く、深く 沈むことの多い時期だった。 それでもなんとか、まばらにだけども、 解決できることは解決して 時間がかかりそうなことは 未来のわたしに託した。 そんな中、ドイツの友人に電話をかけた。 電話口から聞こえる優しい声に 思わず涙が出そうになるのをこらえ つまりづまり、話していると 「泣いているの」の一言。 友人は黙って、話を聞いてくれた。 「すべてから解放されてほしい」 聞き慣れた調子で呟かれたその言葉は やはり、あたたかかった。 現状を投げ出すことがで

          私の純粋な感性は

          気が緩んでいるのか、 最近はせっかく早起きをしても ゆるゆる過ごしてしまう。 結局家を出る時間は早起きでなかった頃と同じ。 通勤は徒歩に電車を挟むので、 電車に乗っている間は情報を アップデートさせるべくニュースサイトや SNSを巡回、もしくは目を閉じて 今日の仕事や週末の予定について考える。 または、読書。 最近読んでいるのは多和田葉子『百年の散歩』 ベルリンで暮らす作者が ベルリンに実際にある通りを散歩しながら、 見たものや感じたことを綴る。 彼女の豊かな想像力と言葉

          私の純粋な感性は

          じわじわと湧き上がっては消える。心の奥にずっと、正体不明の後ろめたさがある。

          じわじわと湧き上がっては消える。心の奥にずっと、正体不明の後ろめたさがある。

          綺麗なままで

          早起きして鴨川に出ると、満開の桜が出迎えていた。 お花見をする老夫婦や大学生グループ、キャッチボールをする二人組の青年、犬の散歩をする人、ひらひら舞う桜を目で追う犬たち、追いかけっこしている園児、三脚を立て写真を撮る人、木の下でのんびり休んでいる鳩 人も動物も関係なくそこに集まって桜を愛でている姿に、言葉にし難い嬉しさを感じる。私はぐっとこみ上げてくる感情を指に落とし、フィルムのシャッターを切る。 人工物が少なく自然をそばで感じられる場所ではつい人の動きを見てしまう。彼

          綺麗なままで

          堀川通

          堀川通は、京都市の南北を結ぶ大きな路。 名前の通り「堀川」の横にある通りで、側には二条城や晴明神社、一条戻橋や白峯神宮などが見える。 冬が終わり、少しだけ温かくなってきたこの時期の京都はどこまでも歩くことができそうだ。コンビニでカフェラテを買って夜の堀川を散策していると、なんだか穏やかな空気に包まれている感覚を持った。春はもう、すぐそこにいる。 静かに流れる水路の中に、二羽の鴨がいた。この時期にいるということは、この辺に住んでいるカルガモだろうか。二羽は仲良くゆったりと水

          正直なところ、私が殆どの日本映画について懐疑的なのは、家父長制の実態が悪い意味で滲み出てるのみならず、台詞に重みが感じられないこと。扱うテーマに比べて脚本がいかに薄いかよくわかる。小説が元の作品なら尚更。良作であるほど頭に残るシーンや言葉に重みがあり、考える。忘れられない。

          正直なところ、私が殆どの日本映画について懐疑的なのは、家父長制の実態が悪い意味で滲み出てるのみならず、台詞に重みが感じられないこと。扱うテーマに比べて脚本がいかに薄いかよくわかる。小説が元の作品なら尚更。良作であるほど頭に残るシーンや言葉に重みがあり、考える。忘れられない。

          「カシャリ」という音

          月曜日 楽しみにしていた予定が無くなってしまった。 また、私は選ばれなかった。 あれこれ考えてしまう私は、優先順位が可視化されてしまうような表現は避けてほしいなどと思ってしまう。 楽しみにしていたのは私だけかもしれない。 他にも書き起こすのが嫌になってしまうくらいには醜い妄念が、頭に付き纏って離れない。 私は何かを恐れている気がする。何を恐れているのだろう。 一人で強くなると決めたのに。 火曜日 初めて入る小川珈琲で、期間限定のホットサンドを食べた。 コールス

          「カシャリ」という音

          星の友情

          何かが上手くいくと何かが上手くいかなくなる。というか、失落する。 先日、少ない友人の一人に、関係が壊れるのを覚悟で自分の思いを伝えた。どうしても「まぁいいか」で済ませられないことだったから。 「今から話すことは私があなたに対して感じた正直な気持ちだけれど、あなたを大好きな気持ちやあなたに対する信頼は変わらないよ。」 私は眠っている子猫を撫でるような思いで慎重に、敬意と愛を込めて話した。 壊れたか壊れてないかで言うと、壊れたのだと思う。 大切な誰かと深く、誠実に向き合

          自分には甘んじて妥協を許しながら、一方で他人には冷笑や苦笑を向ける人を軽蔑する。「人に厳しく、自分には甘い。」着眼点は面白く興味深いけれど、俯瞰しているつもりで人や世を見続ける傲慢な態度がとても残念な人。自分はそうなっていないだろうかと、じりじり考える。

          自分には甘んじて妥協を許しながら、一方で他人には冷笑や苦笑を向ける人を軽蔑する。「人に厳しく、自分には甘い。」着眼点は面白く興味深いけれど、俯瞰しているつもりで人や世を見続ける傲慢な態度がとても残念な人。自分はそうなっていないだろうかと、じりじり考える。

          洗練されたものこそ美しいという認識を持った言動には賛同できない。洗練されていても、されていなくても、美しさはある。 例えばよみ人知らずの歌が多く収められている万葉集は、貴族や歌人の歌を集めた勅撰和歌集に比べて素朴な美しさがあり面白いと、何世紀も評価されている。

          洗練されたものこそ美しいという認識を持った言動には賛同できない。洗練されていても、されていなくても、美しさはある。 例えばよみ人知らずの歌が多く収められている万葉集は、貴族や歌人の歌を集めた勅撰和歌集に比べて素朴な美しさがあり面白いと、何世紀も評価されている。