子供のウエイトリフティング選手における障害予防の考え方:06 [肘のケガ対策]
ここでは、肘関節の障害予防のポイントについて考えていきます。
練習時に発生しやすい動作の特徴を理解しましょう。
肘の構造と動き
肘関節は、上腕骨と尺骨そして橈骨によって構成されています。肘の曲げ伸ばしに代表される「屈曲・伸展」の動きが特徴的ですが、これに加えて、掌を自分の顔の側に向ける「回外」という動きと、その逆で膝の上に掌を乗せるように動く「回内」という動きがあります。
私たちが、手のひらで自分の顔を触れることや、パソコンのキーボードに手を置くことができるのは、肘関節が正常に動いているからです。
キャッチ動作での肘への負担
実際にはこれらの運動が複合しながら働き、加えて肩と手首の動きを伴いながら力を伝えます。
ウエイトリフティングの動作では、スナッチ、ジャークの最終局面で肘を伸ばし、バーベルを保持する姿勢(キャッチ)をします。
クリーンでは、跳ね上げたバーベルを鎖骨上で受け止める(こちらもキャッチ)ために肘を曲げた姿勢で支えます。
これらのキャッチ動作は、バーベルが落下する直前にタイミングよく支えることができれば良いのですが、
少しでもタイミングが遅れると、バーベル重量+加速の力 が身体に向かってくるために処理が難しくなります。
肘の怪我は、こうした「キャッチ動作」のエラーが多く報告されています。
スナッチ動作では、頭上にバーベルを挙上して、その重さを制止させる際に、肘を最大伸展させます。この際、バーベルを保持する両手の間隔が広いことから、手首と肘の内側には伸長する力が、外側には圧縮する力が発生します。
加えて、バーベルを握っている手は、真下からバーベルを支えられるのが理想ですが、バーベルの操作が頭上を越えて後方に流れてしまうような場合には、肩から手首にかけて伸張する力を受けやすくなります。
また、スナッチは、バーベルの握り幅の広い選手が多く、ジャークと比較するとバーベルに対する腕の角度が大きくなります。この角度の大きさが影響して、肘に外反+伸展ならびに肩外旋の力が働きやすくなります。
一方、クリーンのキャッチ動作では、バーベルの跳ね上げ動作に続いて、肘を折りたたむように屈曲させてバーベルを保持します。
この動作の際に、肩はわずかに外旋の動きをともない、手首は背屈動作をします。 肩が外旋動作をすることに伴って、肘では内側に伸張する力がかかり、外側には屈曲と同時に圧縮する力が加わります。
これらの圧縮する力と伸張する力が、一つの関節に同時に発生することから、関節を支えている筋肉・腱・靭帯組織(関節包)には、幾度となく負担がかかります。
コントロール下にある重量を扱う時は、関節への負担を回避できるのですが、新たな重量へ挑戦する際には、注意が必要です。
さらに、スナッチ、クリーンともに、跳ね上げ動作に至るまでの動きでも肘が重要な役割を果たします。
一連の操作の中で、身体とバーベルとの距離は、可能な限り近くなるよう軌道を保たなくてはなりません。
これを実現させるために、スタート姿勢から跳ね上げの瞬間までは、
手がバーベルをきちんと握っている一方で、肘はバーベルとの距離を最短で保ち、脚が生み出す上昇方向の推進力をバーベルに伝える役割を担います。
ここで、腕に力みが入り、スタート初期から肘を曲げたまま、挙上を開始してしまうと、、
バーベルの跳ね上げ動作に勢いがつかないばかりか、不要な力を発揮したまま重量を扱うことになり、肘・肩への過剰な力や動作エラーの原因を作ってしまいます。
肘に多くみられる傷害
ウエイトリフティングで多くみられる肘の怪我では、
・内側側副靱帯損傷
・外側上顆炎
・上腕三頭筋炎(筋肉拘縮)
などが多くみられます。
内側側副靱帯損傷
上述のとおり、スナッチ・ジャーク時のキャッチ姿勢において、肘を最大伸展させてバーベルを支えます。
この時、バーベルを支える動きと、自分自身が潜り込むタイミングが合わないと、肘が過伸展されるか、肘が外側へと強制(外反強制)される恐れがあります。
肘は、筋・腱組織の力発揮とともに、関節構造を支える靭帯組織・関節包が強固な安定性を発揮します。
内側に位置しているのが、内側側副靱帯と呼ばれ、肘が外へと変形する動き(外反)が出ないようブレーキをかけてくれます。
内側側副靱帯は、重傷度合いで3段階で評価します。
レベル1 関節の緩みはないものの、痛みや炎症が確認できる
レベル2 靭帯断裂はないものの、関節の不安感と炎症が確認できる
レベル3 完全断裂部があり、明らかな不安定性を認める
レベル1、2に該当するケガが大半ですが、重傷化してレベル3にもなると長期の治療を必要とするため、精密な検査が重要になります。
また、靭帯損傷に付随して、骨折(剥離骨折なども)が合併していないか?にも注意が必要です。
医療機関(整形外科)の受診と共に、を受傷時は必ず確認しましょう。
外側上顆炎
肘の外側部にも靭帯組織があり、内側同様に安定に関与していますが、ウエイトリフティング競技では、それ以上に外側上顆炎を発症する選手が多いように思います。
これは、この部位に付着する筋肉とバーベル操作との関わりが大きいことに起因します。
外側上顆には、手首を背屈させる筋肉(総指伸筋、尺側手根伸筋、長・短橈側手根伸筋)が付着しておりバーベルを持ち上げる際に手首の安定性を高めるために働きます。
本来は、背中・臀部・脚の力を先行して使い、バーベルを頭上まで跳ね上げるべきところを、
強く上昇させたいばかりに、腕の力を先に発揮してバーベルを引き上げてしまうエラーを見かけます。
腕による引き上げが先行すると、手首と肘に負荷が集中してしまいます。
その力学的なストレスを抱えたまま、跳ね上げの動作に移行すると、手首と肘はバーベルに加わる加速の力まで負担しなければならなくなり、関節部を支える筋肉・腱組織の疲弊が増え、過緊張(拘縮)や損傷の部分損傷を発生する恐れが出てきます。
外側上顆炎は、筋肉の過労が特徴となるケガなので、予防のためには、使った筋肉(前腕)を中心に、ほぐす・伸ばす事が大切な取り組みとなります。
そして、何よりも「動作の順番」「動かしのタイミング」が発生のきっかけである事が多いため、挙上動作をスマートフォンの動画撮影などを用いて、何度も確認する事が大切になります。
上腕三頭筋炎(筋肉拘縮)
上腕三頭筋は、腕の後面に位置して肘の伸展を行う中心的な筋肉です。ウエイトリフティングでは、Pull(引く)イメージが先行しますが、実際に試技の成功を決める鍵は、キャッチ動作での肘の伸び(固定)となります。
脚・体幹の力によって上方に跳ね上げられたバーベルを頭上で安定させて保持するには、上腕三頭筋の筋力が欠かせません。
スナッチの挙上では、スタートから跳ね上げまで、身体からバーベルが離れないように操作をする事から、肘は引き動作に力を使おうとします。
この時、上腕三頭筋は肘の曲がりすぎをしないよう適度な緊張を保ってバーベルの軌道を維持します。
頭上を越えて、キャッチ動作に移行すると、急激に肘の伸展動作をするとともに、その姿勢を維持するよう力を出し続けなければならなくなります。
これにより、上腕三頭筋は強い短縮刺激(短縮性収縮)を繰り返し強いられる事から、気づかないうちに筋肉の拘縮(短縮)した状態に陥る事があります。
上腕三頭筋が過緊張(短縮した状態)をしたままでいると、肘の曲げ伸ばし自体に不均衡な動きを作ることとなり、肘の他の箇所に痛みをつくる原因にもなります。
上腕三頭筋は、体表から触りやすい部位でもあるため、手でほぐす、マッサージアイテムを用いて緊張を緩和させる事がやり易い部位です。
特に、肘から2〜3cm程度上部で、筋肉の膨らみ(筋腹)が触れ易いことから、ここを中心にほぐし・伸ばす事で柔軟性を保つようにしましょう。
(参考文献)
・公社)日本ウエイトリフティング協会指導教本2022
・日本トレーニング指導者協会トレーニング指導者テキスト(実践編・理論編)大修館書店
・Olympic Weightlifting: A Complete Guide for Athletes & Coaches (English Edition):英語版/Greg Everett
・NASM ESSENTIALS OF SPORTS PERFORMANCE TRAINING 2nd edition
・NASM Essentials of Corrective Exercise Training: First Edition .2013
・ゆ~っくり座って健康に! 60歳からはじめるエキセントリック体操 2022 :
野坂 和則 (著), 稲見 崇孝 (著), 桂 良寛 (著), 野坂和則 (監修)
・エキセントリック運動の理論と実践:エキセントリック運動の特徴と効果:JATI東北支部WS野坂氏提供資料:2023
・運動器疾患の「なぜ?」がわかる臨床解剖学 2012/5/18 工藤慎太郎 (著)
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