4つの精神疾患と脳(第二期:第6回③)
『虐待が脳を変える』には虐待やマルトリートメントが脳に与える影響の他に、PTSD、うつ病、解離性障害、境界性パーソナリティ障害の脳研究も紹介されています。これらはその「結果」と理解することもでき、その視点も必要ですが、こういった状態であることがさらなる傷つきの「原因」となることを理解することも重要です。
子どもの脳は、柔く、それでいて(だからこそ)、発展可能性をもちますが、虐待やマルトリートメントはその形や働きを変え、行き着く先には精神疾患があります。そうなればその後もさらに多くの傷つきを体験するはずです。この書籍で紹介されている脳研究は、この不運なプロセスにおける2地点です。
1.PTSDやうつ病と脳
PTSD患者の脳画像からは、前頭葉や側頭葉、脳梁などにおける病変がみられるそうです。認知行動や社会的行動の調節、恐怖の消去や恐怖を条件づける領域、音声言語だけでなく音の処理も影響を受けています。共感や情動に関わる領域も変化しています。虐待からの影響と同様に、症状を説明できる変化です。
うつ病では、前頭前野においてボリュームが減少し、代謝が低下しているそうで、他にも眼窩前頭皮質や海馬の容積や、偏桃体における機能異常なども報告されています。うつ状態にある人の無気力で、思考や行動が遅く、鈍くなって見える状態は、脳において実際に起こっていることを表していると言えます。
2.解離性障害と脳
解離性障害では、前頭前野や大脳辺縁系などにおいて変化が見られ、トラウマ想起に関わる領域において変化が生じているそうです。他にも自我統合に関わる領域(内側前頭前野とその後方部)が影響を受けています。
「解離」とはまさに自我統合における異常を指し、脳においてそれが実際に起こっています。
また、解離性障害(特にかつての「多重人格」)は、人格の一部がトラウマを引き受けて他を守ることで起こると説明されてきました(「水密区画化」。浸水を他の領域まで及ばせないために区画に分けられている船底に由来)。脳画像で実際に観察された多領域の別の働きは、それに当たるかもしれません。
3.境界性パーソナリティ障害と脳
境界性パーソナリティ障害(BPD)の脳画像についての研究報告は、様々な領域が指摘されているとのことで、今後の進展が待たれます。ただし、BPDは、発達障害や「うつ」が(社会的にも)優勢になる以前にその位置にあった「精神疾患」ですので、脳画像ではなくても少なからず研究対象とされてきました。
4.ここまでの要点
ここまでの要点は、「人を傷つける言動」と表現する際の傷つける対象が「心」から「脳」となり実体を持つようになったということです。脳画像研究がそれを事実として照らしました。
精神疾患を抱える人が「変わっている人」ではなく「変えられてしまった人」であるということはここからも理解できます。