鳥山明に感動して体調を崩す
私の相棒は、良質な作品に触れると、必ず体調を崩す。
最初にその現場を目撃したのは、アニメーターでありイラストレーターの米山舞さんの作品集「EYE」を書店で手に取った時だった。
あまりにも画力と表現力が高く、作品は美しくて自然。デジタルイラストでありながら、アナログな趣向もあり、親近感を覚える。そして高度なデフォルメの技術には、サブカルの可能性を思わずにはいられなかった。
相棒はすっかり打ちのめされた。情緒不安定になり、家に帰るのもやっと。翌日も寝込んで、仕事を休んでしまうほどだった。
最近もそういうことがあった。
銅版画家の入江明日香さんの作品集「雷鳴と花」を書店で見つけた時だ。
やはり情緒不安定になり、始終挙動不審だった。
この世のものとは思えないほどの美しい作品と、それを支える卓越した職人技に、すっかり打ちのめされてしまったのだろう。
その時は他人事だと思っていた。
だが、私にも同じ「うちのめされ体験」が起きた。
世界中の誰もがその名を知る漫画家、鳥山明さんの作品「SAND LAND(サンドランド)」を書店で買った直後のことだった。
実は、私は「ドラゴンボール」をよく知らない。
今まで周りに鳥山明さんの作品を推す人が、周りにいなかったせいだろう。
幼い頃から身近にあり、ベーシックなサブカルとして認識していたせいか、鳥山明さんの偉大さにまったく気が付いていなかった。
デジタルイラストを描いていた私の前の職場で、マシンのイラストを描いてみようかという話が持ち上がったことがある。
その時、グラフィックデザイナーの一人が、鳥山明さんの話を引き合いに出し、マシンを描くのが難しいという話をしていた。
私は「どうしてマシンの話で、鳥山明の名前が出てくるんだろう?」などと呑気に考えた。
改めて、パソコンで画像検索をし、鳥山明さんのメカのイラストを見てみると、すさまじさに度肝を抜かれることになる。
子供の頃から当たり前にそばにあったメカのイラストが、大人になって、絵を描くようになってから見直すと、ものすごいセンスの良さと画力に、目を見張った。
こんなすごい才能を、空気のように認識していたのかと、たちまち羞恥心に襲われることとなった。
そんな出来事の後、相棒とともに書店を訪れた。
今後、どういう創作をしたいかという話になり、折しも、鳥山明作品の書架の前で立ち止まった。
私はろくに内容を知りもしなかったが「SAND LAND」を手に取り、「こういう世界観がいいです」と言った。
まさしくジャケ買いだった。人間のおじさんと、悪魔の少年が力を合わせて、世界の危機的状況を救うために、戦車に乗って冒険をする物語だった。
「ドラゴンボール」を読んだことのある相棒の話によると、鳥山明さんは異なるジャンルや世界観を横断し、ミックスするのが非常に上手な漫画家だったようだ。ローテクもあればハイテクも存在する。魔法のような力もあれば、先進的な遺伝子工学の技術も登場する。
私は、その世界観をミックスする技術の高度さに、感嘆した。
それは、物語を作る私がやってみても、下手の横好きでしかなかった表現だったのだ。
すっかり打ちのめされた私は、しだいに体調が悪くなっていった。
自分の技術のなさ、ひいては柔軟な考え方ができないもどかしさに、耐えられなくなったのだ。
相棒は私の話をきちんと聞いてくれた。
謝る私に、こう告げた。
「良質な作品にうちのめされて、創作する人は成長するんですよ」
今までにない、うちのめされ体験だった。
創作者としての私も今後、一皮むけると良いのだが。