見出し画像

夏目漱石「琴のそら音」

明白な起承転結のある作品。娯楽小説として読んでも面白い。

起:津田君と「余」が話をしている。日露戦争に出た軍人の夫が鏡を覗いたとき、ちょうど病に倒れた奥さんの顔が映ったというオカルトめいた話だ。
承:津田君と別れた「余」はいくつも夜の坂を越えるが、何かしら非日常的な感じがする。「余」の結婚する予定のお嬢さんが風邪―この当時風邪で人は簡単に死んだ―を患っていることも理由の一つ。
帰ると迷信深い同居人の婆さんが慌てている。犬がやたらに吠えるというのだ。
転:「余」は寝床でいろんな物思いに耽る。特に心配なのはお嬢さんの身の上だ。
結:朝になって「余」は慌ててお嬢さんの家に行く。お嬢さんの病気はすっかり治っている。「余」は床屋に行って髪を切る。客たちと与太話をして笑う。最後はこの一連の話を津田君の著書「幽霊論」に収める運びとなったことが伝えられる。

こちらに押し出されてくるような不安感が印象的だった。この作品では笑いに解消される不安は、後半期の作品では解決されなくなっていくものだろう。
後々の漱石を知っていると不吉な気配がすでに見えている作品だが、とにかくこれはテンポの良い文章でサラリと読める。

(余談)
(1)「余」の言葉、「一週間ほど湯に入って頭を洗わんので指の股が油でニチャニチャする」には驚いた。―そりゃ風邪になる。
今とは衛生観念が違ったのだなあと思う。
(2)琴は本文には出てこない(はず)。
あくまで作品を象徴するタイトル(実態のない不安感)なのだろう。
(3)上野の鐘や犬の鳴き声など、「音」の表現が印象的。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集