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恋する気持ちは1000年の時空を超える


時空を超えても
変わらないものがある。
物差しでは
はかれないものがある。
他のものと
比べられないものがある。

この世の中の真髄や大切なものはそういうものではないだろうか。


少女は
窓の外を眺めている。
蝶が一羽飛んできてベランダで羽を休める。

あをあをとした広い空。
そよよと
吹き込んでくる風が心地よい。

午後の授業は気だるくて
温かい日差しは眠気を誘う。

校庭からは
体育の授業の男の子たちの歓声が
聞こえてくる。

3組だ!

眠気がとんだ。

どくんと胸が鳴る。
カーテンを風が揺らす。
「君」の姿を探す。


ちょうどそのとき
国語教師が
和歌を詠みあげた。


君待つと我が恋ひ居れば
我が屋戸のすだれ動かし
秋の風吹く     額田王


うたた寝に恋しき人を見てしより夢てふものは頼みそめてき
         小野小町


切ないなあ。

少女は呟く。

「君」の存在を待ちわびる我。
風の気配に登場を期待したり、夢で逢えることを頼りにしたり。現実に出逢えることは幻のように、なかなか実現しないことなのだろうか。

まるで自分のようだと思う。

気になる「君」に自分から声をかけることさえできない。
ただ奇跡を待つだけだ。

想いは砂ぼこりのように校庭に舞っている。

1000年以上も昔に詠まれた歌に自分の心をぴたりと言い当てられた気がした。

額田王や小野小町と自分の気持ちを比べることはできないが、今の自分の気持ちの重さをはかったら、どのくらいの重さなのだろう。

気持ちは人と比べられないし、物差しではかれない。見ることもできない。

それでも

胸の奥深いところで、ぽかぽかと温められている。

大切なものは見えない。はかれない。比べられない。
しかし
不確かだけど、なんとなく大切にしなくてはいけないと感じる。


なにとなく君に待たるるここちして出でて花野の夕月夜かな
        与謝野晶子 


わかるなあ。

少女は唸る。

思わず期待する気持ち。
根拠はないけれど
「もしかして」
そう思うことで
支えられる恋する乙女心。

少女は
想いを巡らす。
国語教師の声は遥か彼方に遠ざかってゆく。

相変わらず
そよよと心地よい風が吹く。
蝶はまだベランダにいた。


カーテンを揺らして
午後の授業中
蝶一羽分の歓びを掬う 
                     はるのふみ   



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