短歌「読んで」みた 2021/08/24 No.12
すまいらげん 決して滋養強壮に効くくすりではない smile again
笹井宏之 『ひとさらい』(Book Park 2008年)
英単語 smile againを連結して発音することでスマイラゲン、すまいらげん。それが薬の名前のように感じられての着想。滋養強壮ではない薬なのだ。歌の中ではそれだけしか言っていない。あとはsmile again。
外国のことわざに「笑顔は最良の薬」というものがある。おそらくそれも踏まえているだろう。笑うだけで免疫力がアップする、自律神経が整うなど笑顔には良い効能しか聞いたことはない。また、笑う気持ちじゃなくても口角を上げて笑顔のような顔を作るだけで効果があるというから、もはや薬を超えている。免疫や自律神経なんて大層な効果ではなくとも、笑顔を作るだけで肩の力が抜けリラックス出来ることは誰でも知っていることだ。
しかしこの歌からは元気になって欲しい、笑って、なんて暑苦しい訴えは感じられない。少し距離のあるところから眺めている温度感。自分のその想像・思いつきをひそかに温めているような感覚。誰に言うでもない、呪文のようにさえ響く言葉は静かに優しくこちらに届く。
* *
本当につらい時がある。疲労困憊。体がつらいのもしんどいが、気持ちが壊滅的につらい方がしんどさの度合いが上がるような気がする。体は休めば回復する。しかし気持ちはどうだろう。もう這い上がれないと思うような時もある。そんな時に効く薬が欲しいと思う。無いとわかっているけれど、あったら。
すまいらげんがもしあったら、こういう時に効くのかもしれない。
作者は長く療養していたという。体調を軽快させていくために、たくさんの試みやそれに対する希望があったはずである。それが効いたこともあれば、あまり効果を示さなかったこともあるだろう。そういう上がり下がりを経験したら、健康に関わる話に対して気持ちの振り幅は大きくはならない。また善意の他人から励まされて複雑な気分になったりしたこともあることと思う。それを知っていたら自分から他者へ安易な励ましなど出来なくなるのではないか。
ただ想像した思いつきを無邪気に歌にしたのではなく、あったらいいとの思いも、あるわけないし、という諦観もこの歌から感じられる。長い療養の中での壮絶なつらさ(と外野が軽く言うのもはばかられるほどのものと思う)を知る作者だからこそ、茫洋としつつ、その人の中にある澱が浄化されるような、静かなトーンを持つ歌に整えることが出来たのではないだろうか。笑ってとも頑張れとも言わないこの歌こそが私たちが求めている、すまいらげんなのかもしれない。