短歌作品 空壜 (15首)
空壜 生田亜々子
ジャムを煮て入れようと出す空壜の中に去年の空気があって
家に居てつい帰りたいとつぶやいた家はもう無い水仙の咲く
縁石の一つに一羽鳥のいて余らせちゃった子たちはどこへ
持っている記憶と重なる夕暮れにふと立ち止まる雑踏の中
それぞれに向き合っているこの先と三日月西に低くかかって
ここからのはたとせはもう早かろうこのはたとせでひとりになった ※1
それ以降問わず語りの関係になって穏やか写真の人は
時に撫で時に叩いた指先の組まれて固く底なしの冷たさだった
入れ物をものは過ぎゆく次が入れられて洗われてまた次が入り来る
どの歌も縦笛で吹けばあどけない顔つきとなって風に溶けゆく
しょんぼりしてた しょんぼりを認めた 更地の黒に芽吹きの緑
すべすべとした子の頬に頬寄せてこれが生きている人のほっぺた
執着は生命力で 黄の強いじゃがいも二十個ほどをふかして
末端から冷えてゆくのが冬だけど触れれば温もる指であるから
入りきれないものはみんなこぼれていくこぼしてると分かりつつこれからも
※1 はたとせ→二十年
初出 『梁』100号 2021年6月