子育ては人生を彩る一つ。ファザーリング・ジャパン安藤哲也さんに聞く「自分も豊かになる」父親の育児
育児グッズを通じて「男性育児を変えたい」と2020年にスタートしたANDROSOPHY。前回のnoteから、同じように「子育てのあり方」を問い直そうと活動をされている方々にお話を伺いに行く企画を始めました。
今回お話を伺ったのは、安藤哲也さん。父親支援事業を展開するNPO法人ファザーリング・ジャパン代表理事・ファウンダーとして、さまざまな実績を積まれてきた方です。
ファザーリング・ジャパンは、Fathering(ファザーリング)=「父親であることを楽しむ」ことの理解と浸透をミッションを掲げ、子育て中の保護者や企業・自治体に向け事業展開をしています。
ご自身も3児の父親として育児を楽しんでいるという安藤さん。出版社、書店、IT企業など9回の転職を経て、2006年にファザーリング・ジャパンを設立。子どもたちの通った園や学校のPTA会長を務め、子育てを通じた地域活動にも積極的に参加しています。
男性の育休取得率も上がってきたとはいえ、未だ埋まらないジェンダーギャップ、そもそもの仕事と育児の両立の難しさなど、課題を抱え続ける日本。「育児を楽しむ生き方」を、改めて安藤さんと一緒に考えていきます。
「男性育児が想定されていない社会」を痛感した過去
山田:安藤さんは「男性の育児支援を通じて日本中の家庭を笑顔にしたい」と、ファザーリング・ジャパンだけでなく、地域活動を含め実に多方面で活躍されてらっしゃいますよね。そもそもなぜ、男性の育児支援をしようと思われたのでしょうか?
安藤さん:育児をしながらいろんなモヤモヤを感じたのがきっかけです。長女が誕生した頃なので、20年以上前になりますね。
例えば、娘を連れて外出するときに、女性トイレにしかオムツ交換ベッドがなくて困りました。駅や図書館、デパートの施設、どこに行っても男性も使えるスペースがなくて......。
仕方ないので個室の便器の蓋を閉めて、その上に娘を寝かせてオムツ交換をしていたんです。でも、あるとき娘を落としそうになって、慌てたら娘のうんちで手がめちゃくちゃ汚れて。その経験が、結構ショックだったんですよ。
「育児は母親がするもの」という考えが、施設の設計にそのまま反映されているように感じました。日本はどうしてこんなに遅れてるんだ!って、すごくもどかしかったですね。
山田:地域や学校でも、当時は今よりもジェンダーギャップを感じる場面が沢山あったのですね
安藤さん:それは日常茶飯事でした。保健所からかかってくる3カ月検診の電話も、「お母さんいますか?」って聞かれるんですよね。
僕が「妻は仕事に行ってます」って答えると、「じゃあまた掛け直します」と切られそうになって。思わず「ちょっと待って!お父さんじゃダメなんですか?」って言っちゃいましたよ(笑)。
山田:私も4歳になる娘がいまして、娘のことで電話があると「お母さんいますか?」と聞かれ、違和感はよくわかります。
安藤さん:学校の行事も、来るのはお母さんだろうという認識が強かったですね。校長先生の挨拶でも「今日はお母様方、お忙しいところお越し下さり……」なんて言われるから、「すみません!お父さんもいますよ!」って思わず手を挙げてました。
山田:そういったところは、今も大きくは変わらないかもしれませんね。
安藤さん:三者面談に行けば、僕一人だけ父親なもんだから「父子家庭なんですか?」と言われたりしました。でも、母親が来ても、わざわざ「母子家庭ですか?」とは聞かないじゃないですか。
そんなふうに地域や学校の中でも、「育児は母親がするもの」を前提とした考え方が当たり前にあった。日々それを痛感していましたね。
「男は外で働く」が前提? 働き方の違和感から起業へ
安藤さん:あとは働き方へのモヤモヤもありました。子どもがまだ小さかった頃、IT企業に勤めていたのですが、会社で育休を取得する男性はほとんどいなくて。仕事と育児を両立させるが、すごく難しかったんです。
山田:やはり職場でも「育児は母親がするもの」という認識が強かったのでしょうか?
安藤さん:そう。うちは共働きだったんですが、子どもが保育園で熱を出したとき、最初は妻ばかりがお迎えに行っていたんです。そうしたら上司から「子どもがいる人は戦力にならないなぁ」と言われてしまったようで。妻のキャリアに支障が出ないよう、その次のときは「俺が休むよ」ということになり、自分が働く会社に連絡したんですね。
すると今度は僕が、「なんでそんなこと君がやるの? 大事な会議があるのに」と上司に言われてしまった。20年前の話ですよ。テレワークが当たり前の今は少なくなってきたかもしれないですが、当時はそういうことが普通にあったんですよ。
山田:そんな環境では、女性も産休・育休を取りにくかったでしょうし、まして男性が育休を取得できなかったのもよくわかります。やっぱり「男性は外で働く」という前提で成り立っていたんですね。
安藤さん:3人の子どもを育てながら、どうしてこんなにも男性の育児を認めない社会なんだろう、とモヤモヤしたんですよね。
例えば、スウェーデンはすでに父親が育休を取らないほうが世間から冷たい目で見られるような社会なんですよ。父親も当たり前にベビーカーを押して町中を歩くし、昼間から公園で子どもと遊ぶ。外出先で男性がオムツを替えられる環境も、きちんと整っているんです。
山田:北欧は子育ての文化や制度が進んでいる印象があります。
安藤さん:そこに比べると、日本の男性は育休も取得できれなければ、子どもが熱を出したときの急な対応もさせてもらえない。育児より仕事を優先せざるを得ないんですよね。
結果、女性にばかり育児の負担がかかり、キャリアアップなどに支障をきたしてしまう。母親にストレスが溜まり夫婦間の関係がうまくいかなくなると、家庭の雰囲気も悪くなります。
山田:子どもにもしわ寄せがいってしまいますね。
安藤さん:そんなことを考えている矢先、まさに家庭内での虐待やDVのニュースを続けて見て、自分の中の何かが弾けたんです。子どもたちが笑顔になるためには、父親の働き方・意識や社会の偏見を変えないとだめだ、と。
山田:すごくよくわかります。
安藤さん:男性の育児に不寛容な日本を変えることが、家庭、地域、社会を明るくすることにつながる。そう思って2006年にNPO法人ファザーリング・ジャパンを立ち上げ、父親による、父親のための子育て支援を始めました。
山田:ファザーリング・ジャパンの活動のなかでは、父子家庭にも児童扶養手当が支給されるよう国に訴えた話も聞きました。そこから実際に制度が変わったんですよね。
安藤さん:それまでは母子家庭にしか支給されていなかったんですよ。「それっておかしいよね」と話をして(※2010年5月に法案が衆議院通過、8月から施行)。
すると、見ず知らずのお父さんから、その年のクリスマスの日にメールが来たんです。「児童扶養手当のおかげでようやく子どもたちにプレゼントを買うことができました」って。それまでは毎年、クリスマスの時期にCMが流れると、子どもがほしがらないようテレビを消していたそうなんです。
そのメール読んだときは、本当にやってよかったなって思いましたよ。
子どもとの時間は、二度と戻らないから
山田:安藤さんの行動力には脱帽です。お子さんが生まれた当時から父親としての意識もしっかり持たれていて、純粋に「すごいな」と感じました。
私の場合、最初は父親としての意識が薄く、親になりきれなかった苦い経験があります。
安藤さん:いえ、僕も最初から父親としての意識を持てていたかというと、そうではないんです。「明日は会社を休むから!」と言ったのに休めなかったり、結局子どもを妻に任せっきりにしてしまったり......。失敗もたくさんしてきました。
山田:それは意外です。
安藤さん:講演や相談に来てくれるパパたちにありがちなんですが、一度は「やるぞ!」と張り切るんですね。でも、いきなり「できるパパ」にはなれない。
むしろ育児をする中で失敗も含めて経験を重ねるうち、できるようになっていきます。焦らなくていいんです。
山田:安藤さんご自身が失敗も経験しているからこそ、育児に悩む父親に刺さる話ができるんですね。
安藤さん:育児に正解はないんです。ただ、悩んだとき僕らに相談してくれれば「経験者として教えられることはあるよ」っていつも伝えています。
山田:なかなか切り替えられないときもあると思うんですが、一歩ずつでいいと言葉をかけてくれるファザーリング・ジャパンや安藤さんの存在は、理想と現実のギャップに戸惑う父親の強い味方だなと感じます。
安藤さん:育児を大事にしてほしいと思うのは、子どもとの時間は戻ってこないから。0歳には0歳の、4歳には4歳の子どもの成長がある。仕事が忙しいからと子どもと触れ合う時間を削っている間に、あっという間に育っていきます。
僕はファザーリング・ジャパンを設立したとき、会社員時代に比べて収入は1/3になりましたが、子どもとの時間は4倍になったんです。夜遅くまで会社に残って仕事をしなくなったぶん、妻のキャリアを応援できたり、学校のPTA会長をしたりもできるようになりました。
それらをふと振り返ったとき、すべて「そのときにしかできない」経験だと気づいたんです。人生において、二度と戻ってこない我が子の成長を見逃すのはもったいないと実感しました。
山田:私自身も含め、育児真っ最中の男性に刺ささる言葉ですね。
安藤さん:子どもの幼少期から思春期まで、できるだけ側で見守り、コミュニケーションを取るようにしていたからか、社会に出た長女からは「パパみたいな生き方がしたい」と嬉しいことを言ってくれるんです。
そういう言葉を聞いてもう一つ思うのは、子どもが未来に希望を持つためにも、「親が笑顔を見せる」ことは大事なんだなということ。たとえ4歳児でも、お父さんが笑って仕事の話をしていれば「あーお父さん楽しいことやってるんだな」ってわかるんですよ。内容は理解できなくても、子どもは父親の顔を見て感じとるんですね。
山田:忙しなく過ごしていると、子どもに笑顔で向き合うことを、つい忘れがちになります。
安藤さん:育児はもちろん大変です。でも、子育てをひと段落終えた父親の一人としては、育児を通じて「自分の人生が何倍にもハッピーになった」と素直に感じるんですね。
家族を笑顔にできたかな、という手応えが僕自身にあるからこそ、いま現役のパパ達の応援をしたいと思える。幸せな家族が増えれば、社会もよくなっていくんじゃないかと考えています。
仕事も育児も楽しむ生き方が、人生を豊かに
山田:安藤さんが育児をされていた当時と比べて、少しずつ社会も変わりつつあるのでしょうか。
安藤さん:変わってきていると思います。共働きの家庭も増えるなかで、男女関係なく育児に取り組む姿勢は浸透しつつあるのかなと。
男性の育休取得率も、過去最高を更新していますしね。
安藤さん:民間企業にも動きが見られます。2018年9月、積水ハウスは男性に育児参加を促す育児休業制度「イクメン休業」をスタートさせ、1か月以上の育休取得率100%を誇っているんですよ。
山田:100%ですか? それはすごいですね。
安藤さん:とはいえ、まだまだ働き方や育児におけるジェンダーギャップは根深いですよね。例えば、男女の育休取得時の声のかけ方のちがいです。出産を控える女性に対してあえて「育休取るの?」と聞かなくなってきたけれど、男性にはそれを聞く。男性が育休を取得するのが当たり前な時代には、全くなっていないということですよね。
育休取得は、会社によって認識もバラバラですからね。「え!取るんだ!」と驚かれたり、「うちは前例ないから取れるかな〜」と言われたりしてしまって、結局所属する会社の環境に依存してしまう部分は大きいです。
山田:仕事か家庭か、どちらを優先するかを無理に選ばざるを得ない男性も多そうですね。
安藤さん:でも、どちらかを優先すると、どちらかはおざなりになってしまう。天秤にかけると苦しくなりますよね。
だから僕は、“寄せ鍋”をつくるような生き方をすすめているんです。
山田:どういう意味でしょうか?
安藤さん:なにか一つを選ぶのではなく、仕事・家庭・地域活動ぜんぶを「人生」という一つの鍋の中に入れちゃう。完璧を目指さなくていいから、妻や子どもとの時間、地域で活動する時間、仕事をする時間をそれぞれやってみる。そうすると、いろいろシナジー効果が生まれます。
そうした方が人生が豊かになると思うんです。
山田:それはおもしろい考え方ですね。
安藤さん:そう考えるのは、僕自身が「育児は人生の一部」だと考えを切り替えたことで、結果的に仕事にも良い影響があったからでもあるんですよ。例えば、学校のPTA会長を務めていたとき、地域のお母さんたちをまとめる経験を通じて、女性活躍マネージャーとしてのスキルが身につきました。
地域には、仕事をしている女性もいれば専業主婦もいて、生活スタイルも考え方もバラバラ。会社みたいに共通の言語やミッションがあるわけでもないから、コミュニケーションの難易度って、実は仕事以上に高くて大変です。
それでもお互いを否定せずに、尊重しあって、仕事も補完しあってやっていきましょう、とPTA会長を2年続けた。この経験が、そのまま会社でも活きたんです。
山田:その視点はありませんでした。考え方を転換することで、ビジネスの場でも活かせたんですね。
安藤さん:その通りです。そのとき一緒にPTAをやったお母さんのなかには、今でもスーパーで会うと「あの2年間のPTAが、一番楽しかった」って言ってくれる人がいっぱいいるんですよ。仕事以外でも人間関係の幅が増えたり、やりがいを感じられたりといった経験があるって豊かだなと、今でも感じています。
次の世代は、男女の隔てなく子育てをしてほしい
山田:安藤さんのお話を聞いていると、自分のキャリアに活かせたり地域の人とのつながりができたり、純粋に「育児って楽しそうだな」と思えます。
安藤さん:本質はそこなんです。僕らの何よりの目的は、育児を通じて父親の人生を豊かにすること。
でも今はまだ育児の役割分担をどうするか、という話で止まっています。「男性も育休を取る」「妻の職場復帰を支援する」「子どもとの時間をつくる」、それはそうなんだけれど、制度があるからとか、人に言われたからやるだけでは、父親自身がより豊かになるのは難しい。
大事なのは、そもそもの捉え方を「育児は人生を彩ってくれることの一つなんだ」と切り替えること。そこに気づいた人は、父親としての意識も変わっていきますよ。「イクメン」という言葉なんて、むしろ死語になっていくはずです。
山田:ファザーリング・ジャパンのコンセプト「笑っている父親・父親であることを楽しんでいる父親」につながるわけですね。
安藤さん:僕自身も「仕事か育児か、どちらを優先するのか?」といつも揺れていました。そういう時代を、もう無くしたいんです。男性も女性も、育児にモヤモヤしなくていい社会をつくりたい。
自分の子どもたちが親になったとき、同じ思いをしてほしくないですからね。孫の世代は、父親も母親も育児を楽しんでいる家庭で育ってほしいなと僕は思っています。
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