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ふとしくん(仮名)家が火事になった話 下

どうも、ひかりちゃんです

轟々と燃え盛る炎を見守る群衆の中に
ふとしくん(仮名)の母がいた。

我々一同、正確にはふとしくん(仮名)
の存在に気付いたらしく駆け寄ってきた。

何と言葉を発するべきか
中学生の私には分からなかったが

何も言葉を発さないのが正解なのだろう。

私の母が白々しく
ふとしくん(仮名)の母と社交辞令
のような言葉を幾つか交わして

いかにも残念がっている。という表情
を即席でつくっていた。

テレビで活躍する大女優にも劣らない演技力。

一言、二言、ふとしくん(仮名)と
言葉を交わした後、別行動というか

我々一同は、火事場の当人と同じ空間に
いる気まずさから逃れる為
他のギャラリーに紛れて火事を眺めていた

消防士の懸命な消化活動も意味を成さず

これまでふとしくん(仮名)や家族の
思い出が詰まった木造の古屋は燃え続ける。

所々で、ボソボソと無関係な地域住民の
憶測や憐みの言葉が聞こえてくるが
所詮、野次馬根性や好奇心で集まっただけの

無慈悲な人間共の言葉に苛立ちすら感じる。

しばらく火事場を眺めたのち
火が消化するのも待たず、我々一同は
母の車で我が家に帰ることにした。

私の父は火事場に残り、顔馴染みの
地域住民と談笑していたので置いてきた。

帰りの車内は静かだった。

まさか一緒に遊んでいた友達の家が
燃えていたとは思わなかったからだろう。

ふしたにくん(仮名)、ひろきくん(仮名)
をそれぞれの自宅まで送り届け

母と2人、我が家に帰った。

家に着くと5つ歳の離れた姉が帰宅しており
既に今回の火事の件を事細かく知っていた。

程なくして、ピンク色の原付バイクに
乗っている父も帰宅した。

この、ピンク色の原付バイクというのが
のちに私の愛車になるのはまた別の話だ。

当然その日の夜、家族の話題を攫ったのは
ふとしくん(仮名)家の話だった。

事情通である姉や母の話を聞くと
出火原因は天ぷらを揚げたまま放置して
何処かに引火したとのこと。

情報が早い。

翌日、私は朝から学校へ行った。
数ヶ月ぶりに朝から学校へ行った。

学校へ着くと、学校中の生徒が
ふとしくん(仮名)の話題で持ちきりだった

数ヶ月ぶりに私が登校して来た物珍しさ
よりも、ふとしくん(仮名)の話だった。

私も、仲の良い友達と顔を合わせると
ふとしくん(仮名)の話で盛り上がった。

しかしその日、ふとしくん(仮名)は
学校へ来ることはなかった。

当時、私がアニマックスで観ていたアニメに
「ミスター味っ子」という作品があった。

つい出来心で、ふとしくん(仮名)のことを

「ミスター味っ子」をもじって
「ミスター火事っ子」と命名した。

思いの外、語感が良かったのか
ふとしくん(仮名)がいない学校内で
ミスター火事っ子の名前が知れ渡り

それから現在に至るまで

ふとしくん(仮名)のあだ名は
「ミスター火事っ子」で通っている。

もちろん、ふとしくん(仮名)公認だ。

火事の日から1週間ほど経ち近所の
市営住宅へ引っ越したふとしくん(仮名)
が再び、学校へ通い出したと母に聞いた。

引っ越したと言っても
引っ越すほどのものはなかっただろうが。

何故なら家が全焼したからだ。

市営住宅に引っ越したらしい。

私は、なけなしのお金を握りしめて
バスに乗り書店へ行った。

当時、週刊少年ジャンプで連載していた
トリコという作品の単行本を
1巻から4巻まで買って、学校へ行った。

学校へ着くと

火事という苦境を乗り越えて
再び学生生活を送り始めたばかりの
ふとしくん(仮名)がいた。

その日見た、ふとしくん(仮名)は

誰よりも輝いていたと思う。

久しぶりに言葉を交わした
ふとしくん(仮名)は怒っていた。

「ミスター火事っ子」の件だった。

そんなことは軽く受け流して
トリコの単行本を渡すと、照れたように
受け取ってくれたが、やはり怒っていた。

その後の中学生生活でも
これまでと同じように

ミスター火事っ子改め
ふとしくん(仮名)とは仲良く過ごし

中学を卒業後
私は進学せず県外を飛び回る生活

ふとしくん(仮名)は高校へ進学して

顔を合わせる機会も少しずつ減っていき
お互いが、違う道を歩き進めていた。

そんなふとしくん(仮名)が今年の
4月に入籍した。心からおめでたいと思う。

9月、結婚式を予定していたらしいが
この新型コロナウイルスの影響で式の日取り
を延期することになったらしい。

できることなら、ふとしくん(仮名)との
思い出の数々を友人代表として
スピーチで披露したかったが、叶わなかった。

そもそも、ふとしくん(仮名)が
入籍したこと自体、インスタグラムの
投稿で知ったことだし、結婚式にも
呼ばれていなかったが仕方がないと思う。

学生時代の思い出は、過大なほど
美しく鮮明に心に残り、尊いものだったと
改めて思った。

もしこの先、私が長崎県へ
行くことがあるなら懐かしい日々を
思い返し、あの時の友達ともう一度
子供の頃のように遊びたいと思った。

もちろん、ふとしくん(仮名)とも。

結婚おめでとう、ふとしくん(仮名)

それではまた次回

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