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暁に薮を睨む

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刀篤(かたなあつし)の厳選した詩集です。
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2022年8月の記事一覧

詩:『音楽室』

詩:『音楽室』

『音楽室』

音楽室で生まれた、
私もこの世界も。
夜に私はドビュッシーを弾くだろう。
全校生徒が部活を終え下校し、
教師が車のドアを荒々しく閉じて、
夕陽が寂しくピアノを切り取ったあと、
冷たい夜風が無人の校舎を撫で付けて、
それで私はドビュッシーを弾くのだ。
この学び舎の女生徒たちの為に。
魔法陣に憂いを召喚する贄の、
荒々しき獣たちの為に。
夜の空に。

詩:『病床』

詩:『病床』

『病床』

去ってゆくときは、空を、

見上げながらが良い。

曇り空が良い。

詩:『蝉』

詩:『蝉』

『蝉』

畳に敷いた布団
真っ暗な部屋
隣の姉の穏やかな
寝息が細く時を刻み
軒先に垂れる雨音
僕は目を閉じていた

死んだ蝉を母が捨てた
それは当然だと思った
虫かごの中でそいつは
硬く息絶えたのだった

ちらし寿司と鯖寿司
祖母の硬い手のお酢
銀色の浴槽と盲目の祖父
母は自分の両親を
絶対に捨てはしなかった

雨音は激しくなる
僕は目を閉じたまま
そっと中指を伸ばし
隣の姉の太股の奥を弄る

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