習慣をデザインする7つのヒント:IDLのR&Dプロジェクト「Mr.Habit」 pt.1
「誰かの行動を変える」ことは、デザイナーにとって、単にイロ、モノ、カタチとして綺麗なものをつくるだけではない、他者や社会との接点をより強く持てる面白さがあると感じています。
3年ほど前、僕が所属するIDL[INFOBAHN DESIGN LAB.](以下、IDL)で実施したR&Dプロジェクト「Mr. Habit」は、「どうすれば持続的かつ自律的な行動(≒習慣)を促すことができるか?」を探る取り組みでした。
これから複数回に分けて、プロジェクトを振り返りながら、「習慣をデザインする」上で得た知見と視点を紹介したいと思います。
今回は、プロジェクトの初期段階でのリサーチと、そこで得た習慣形成のヒントについてお話しします。
プロジェクトが目指したこと
先述の通り、Mr.Habitは「どうすれば持続的かつ自律的な行動(≒習慣)を促すことができるか?」をテーマとしていました。この問いに対して、独自のフレームワークを開発することを目的に、リサーチ、仮説モデル構築、プロトタイプ検証を行いました。
なぜ習慣に着目したのか
様々なプロジェクトを進めていく中で、折に触れて「どうすれば継続できるか?」ということが話題に挙がっていました。特にヘルスケア文脈など、長期目線で改善をしていくようなものにおいては顕著だったように思います。
この背景には、ユーザとプロダクト/サービスとの関係性の変遷があるように思います。グッズドミナントロジック(GDL)からサービスドミナントロジック(SDL)への転換に代表されるように、すでにそこそこ良いものが溢れる昨今では、「購入する→使用する」という価値の消費から、サービスとプロダクトが一体となって、継続的にユーザーと価値を共創していくことが求められるようになりました。そのような世界観において、「習慣」へのアプローチは、より自然な形でユーザーとの継続的な関係性を築くことができるのではないでしょうか。
デスクリサーチでマクロな視点を得る
プロジェクトの手始めとして、外的要因と内的要因の2つの側面からデスクリサーチを行いました。その理由は、表層的な個別の方法論ではなく、より深層レベルで行動にアプローチしたいと考えたからです。
まず、外的要因である社会背景をPEST+Mを利用して俯瞰しました。
PEST+M = Politics(政治)、Economics(経済)、Social(社会)、Technology(テクノロジー)のマクロ環境要因のフレームワークにMedical(医療)を加えたもの
次に、内的要因として人々の価値観の変化と、主に心理学における学術研究の発展と変遷をオーバーラップ。心理学へのフォーカスは、人間の行動についての多くの科学的なアプローチが研究されているはずという仮説によるものです。
さらに、デザインの潮流も重ね合わせました。これにより、習慣あるいは人間の行動をデザインする上での大きな流れを複層的な視点から捉えることができました。
それまできちんと調べたことがなかったのですが、特に心理学の変遷や発展は僕が大学で専攻した美術史の発展や変遷に似ているところがあり(具体的な内容というよりは、ダイナミックに理論が移り変わり、視点や認識に革新が起きる点です)、とてもワクワクしたことを覚えています。
習慣形成の7つのヒント
大きな流れが掴めたところで、行動のメカニズムについて、先行する理論や研究をリサーチしました。これには、先述の学術研究の発展と変遷を調べたことが大いに役立ちました。
リサーチの結果、以下の7つのヒントを得ることができました。
1. 二重過程理論(Dual Process Theory)
2. 行動分析学(Behavior Analysis)
3. 自己決定理論(Self-Determination Theory)
4. フォッグ式消費者行動モデル(B=MAT Model)
5. 行動グリッド(Behavior Grid)
6. フックモデル(HOOK model)
7. ナッジ理論(Nudge Theory)
少し長くなりますが、せっかくなのでそれぞれをご紹介します。
1. 二重過程理論(Dual Process Theory)
人間の脳は、直感的な「システム1」と推論的な「システム2」によって意思決定をするという理論です。心理学者、行動経済学者であるダニエル・カーネマン氏が『ファスト&スロー』で一般向けに紹介したことでよく知られています。
「時間と回数を重ねることでシステム2からシステム1へ移行する場合がある」という点は、習慣形成においてもヒントになりそうです。
2. 行動分析学(Behavior Analysis)
環境を操作することで行動がどの程度変化したかを記述し、人間を含めた生物の行動を分析する学問です。基本原理としてレスポンデント条件づけとオペラント条件づけがあります。有名な「パブロフの犬」はレスポンデント条件づけに該当します。
また、オペラント条件付けを利用し、段階的に行動を強化して目的の行動ができるようにするシェイピング法という学習手法があります。主にペットのトレーニングで使われるようですが、段階的に行動を変化させていくというのは後述する行動グリッドに通じるものがあります。
3. 自己決定理論(Self-Determination Theory)
行動そのものについて言及していた前2つとはやや方向が異なり、モチベーションに関わる理論です。義務や賞罰、強制による外発的な動機づけよりも、好奇心や関心による内発的な動機づけの方が、長期的にモチベーションを保ちやすくなるとされています。
内発的動機づけを促すには「自律性」「有能性」「関係性」の3つの要素を満たす必要があり、これは習慣のデザインを考える上で大きなヒントになりました。
4. フォッグ式消費者行動モデル(B=MAT Model)
行動を起こすための3要素、「やる気」「実行能力」「きっかけ」の関係性を表したモデルです。3つの要素が十分に満たされ、閾値であるAction Lineを超えることができれば行動が発生します。
やる気と実行能力が十分でも、きっかけがなければ行動が発生しません。習慣形成においては、意図的にきっかけを準備しておくといったことが考えられそうです。
5. 行動グリッド(Behavior Grid)
4のB=MATモデルと同様、B.J.フォッグが提案した行動を変える15種類の方法を構造化した表です。新しく行動を始めたいのか、逆に行動を辞めたいのかによってとるべき戦略とテクニックが異なっており、これを応用すると新たな習慣(Purole Path)形成するにはまず1度だけ新しい行動を行うことから始めるのが良い、ということが見えてきます。
6. フックモデル(HOOK model)
『Hooked(日本語版:ハマるしかけ)』で有名なニール・イヤール氏が提唱した、習慣形成を目的にしたモデルです。
「きっかけ(Trigger)」によってユーザーが「行動(Action)」を起こし、「予測不能な報酬(Variable Reward)」を受け取ります。ユーザーは、より良い結果を求め「投資(Investment)」を行い、またきっかけによって行動が発生します。
報酬が不規則(予測不能)であることは、欲求を司る脳の領域を活性化するそうです。また、報酬には「トライブ(集団)」「ハント(狩猟)」「セルフ(自己)」の3つの種類があり、習慣化を促すプロダクトはそのどれか1つ以上を利用しています。
7. ナッジ理論(Nudge Theory)
某保険のCMでも有名な理論です。ここでポイントなのは利用者が無意識に「正しい行動」をとるような仕掛けを施すことです。また、あくまでも行動を「強いる」ものではないことも重要です。
仮説モデルの構築、そして次のステップへ
以上のリサーチ結果を踏まえ、普段のプロジェクトでも利用しているダブルダイアモンドとフックモデルを組み合わせたモデルを考えました。
デプスインタビューやデスクリサーチの結果を、フックモデルの観点で分析し、その後のアイディエーションやプロトタイプ設計に活かす、というものです。
リワードの設計においては、対象ペルソナのタイプやサービスの性質に応じて「トライブ」「ハント」「セルフ」のどのタイプが妥当かを検討したり、シェイピング法や自己決定理論の観点を用いて自律的に行動を継続するためのあり方を検討したりすることを想定しました。
この仮説モデルを携え、実際に社内に存在する課題をモチーフに、習慣を促すためのデザインを考えていきました。
次回予告
ここまではまだプロジェクトの始まりなのですが、存外に長くなってしまいました。ここで調べた様々な理論やモデルは、普段のプロジェクトでも視点として大いに生かすことができており、研究開発活動が実案件にフィードバックできた良い事例だなと思います。
次回からはこのリサーチを踏まえ、実際に習慣化するためのデザインとしてどのようなアプローチを行ったかを振り返っていきたいと思います。
おまけ:「Mr. HABIT」という名前
プロジェクトを進める上で、コードネームは重要だと僕は考えています。それぞれのプロジェクトを識別することはもちろん、セキュリティ的な面でも、内部でだけ伝わるような秘密のワードがベストです。
例えば、画面共有でうっかりFinderやエクスプローラーが写った際、別のクライアントの名前が写り込んでしまったら、その日の夜はきっとうまく寝付けないでしょう。
直感的にわかりつつ、外部の人からは意味不明。「Mr. HABIT」もまさしくそんなネーミングだったと思います(R&Dプロジェクトなのでクライアントは存在しないのですが……)。
ちなみにこの名前、いつつけられたのかはっきり覚えていないのですが、元ネタは縮毛矯正用の薬剤だそうです。何かのタイミングでIDLのデザインディレクター・辻村が習慣形成が容易な人を指してポロっと口に出したのが定着したのだったと思います。
自己決定理論ではないですが、仕事を楽しく続ける要素として、ちょっとした遊び心も忘れないでいたいと思います。