第七十四話「色男金と力はなかりけりーーその返歌」2024年12月26日水曜日 晴れ
休みの日。開店直後の相棒の店に来ていた。来年以降の働き方について相談のためだ。このチェーンは基本的に年中無休を標榜している。店の休み、相棒自身の休みを私が埋めているのだが、そのバランスを検討するためだった。
私も今後の独立へ向けてアルバイトを整理しなくてはいけない。そこも含めての相談だった。
このチェーンの特性上、こういう話し合いは営業中に、お客さんの前で行われる。おかしな会社だ。私はデュワーズのお湯割を頼んだ。「冬場はお腹を冷やさないように」
N美さんの忠告だ。それを守っている。相棒は氷無しの水割り。彼も健康を気にかけているのだろう。二人の健康に乾杯だ。
相談もそこそこに、常連さんたちがやってくる。相談は一旦置いておこう。
赤ワインをうまそうに飲んでいる、ある常連さんが口火を切った。
「トシオさんはどんな一年でした?」
年の瀬らしい話題だ。
「知ってるでしょ?無職の失業者ですよ。そして貯金残高はゼロ」
私は笑顔で答えた。相棒は聞かぬ振りをしてくれている。
ハイボールをちびりとやっている、別の常連さんが言った。
「トシオさんは、人生のパラメータを女に全振りしてるからね」
私はバツ2なのである。離婚したとはいえ、二人の前妻は素敵な女性だった。もちろんN美さんも素晴らしい女性だ。『パラメータは女性に全振り』は間違いじゃない。
続けて赤ワインが言う。
「色男金と力はなかりけり、か」
「色男ですか。ありがとうございます」
「その、色男なんたらーーってのは川柳なんですか?短歌?」と相棒。
「いやーどうなんすかね?五七五で終わって、続きの七七はないんじゃないですかね?」と私。
「じゃあ、続き考えてみましょうか?」とビールを飲んでいる常連さんが言った。
大喜利が始まった。こういうのは嫌いじゃない。そして、得意だ。早速ひとつひねってみる。
「こういうのはどうです?
『色男 金と力は なかりけり
酒とお前が いれば良い』」
「演歌ですね。字足らずです」と赤ワインに笑われた。確かにそうだ。ではーー
『色男 金と力は なかりけり
お前を抱くのに 邪魔なもの』
「グッと色っぽくなりましたね」とハイボールが言った。
ノッてきた。
『薫きしめた お香かき消す 金臭さ
柔肌抱くのに 力も要らぬ』
「うわー!エロいですねー」と赤ワインは嬉しそうだ。
「下の句ではなく、返歌、アンサーソングですね。しかもR15のレーティングかけられそうですね」
こう言ったのはビールだ。
アンサーソングというなら、こういうのはどうだろう?
『お金も力もないのがいいの
わたしの居場所が広くなる』
「お!色男に惚れた女性目線からアンサーですね」とハイボール。
「七七七五の都々逸じゃないですか」と赤ワインに突っ込まれた。都々逸の方が得意なのだ。
「しかも、あまりにも『色男』に都合がいい」とビールに笑われた。
そうだな。都合が良すぎる。
ふとN美さんのことが気になった。彼女はどうして私と一緒にいるんだろう。
色男かどうかは別として、私には金も力もないのは厳然たる事実だ。私と一緒にいることで、彼女にどんなメリットがあるんだろう。楽な老後は送れないのは目に見えているのに。
赤ワインが言った。
「その『居場所』ってのは、恋愛における真理のひとつかもしれないですね」
「真理?」と私。
「金や力のある男ってのは、概して交友関係が広く、本人の好むと好まざるとに関わらず女性の時間を奪いがちですからね」
ハイボールが言葉を受け取って続ける。
「上司や部下、取引先、または同業者、そして仲間の飲み会やパーティーにパートナー同伴てのはありそうですね。奥様同士のお付き合いてのもありそうだ。金と力を持っていれば持っているほど」
今度はビールが言う。
「政治家なんてその最たるものですもんね。ーー同伴しなくても、逆に家庭に押し込んでしまうなんてこともあるかもですね」
私が訊ねる。
「金と力がない男は、束縛しようにもできないってことですか?」
「そうそう。その結果、女性は自由でいられる。金と力のない男は、かわりに『居心地がいい、広い居場所と自由な時間』を提供してくれるってわけです」
「それが『色男』の正体ですか」と私。
「さしずめ、
『色男 金と力は なかれども
広い懐 気ままな時間』
ってところです」と赤ワインがひねった。
上手い。そして、なかなかおもしろい考察だ。
が、それがそのまま私やN美さんの関係に当てはまるとも思わない。結局、N美さんの気持ちや考えは彼女の胸の内なのだ。
私はウイスキーのお湯割に口をつける。
最後に思いついた下の句は、口に出さずにおいた。「惚気ですよね?」という突っ込みが予想できたからだ。
色男 金と力は なかれども
好いた女と 過ごす年の瀬
金と力は無い。この先も縁はなさそうだ。
しかし、N美さんがいる。それだけで十分だ。
大切にしよう。