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「年の瀬にショパンはいかが?(12月27日)」

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「ショパン 炎のバラード」ロベルト・コトコネーオ著。

本書は、現代に時代をとった上で、物語世界を構築するというところが、先ずはユニークです。
主人公は、晩年を迎えた世界的ピアニストという設定です。
著者がアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ(ABM)を念頭に置いていることは明らかでしょう。そのうえ著者は、そのことを隠しもしません。

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生前のABMは、キャンセルと奇行の多い演奏家としての世評が一般的ですが、著者の国イタリアでは、ブゾーニ以来最大のピアニストとして没後の今日でも尊敬されています。
彼について語られてきた様々なエピソードを集めるだけでも、一巻の小説ができそうです。

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例えばピアノのある一つのキーの音に徹底して拘ることが、本書では、小説の最初と最後に現れる核心的な要素の、一つになっています。それは、熟達した調律師も気がつかない、あるキーの僅かな不具合をABMが言い当てたという、彼を巡る伝説の一つが、そこで利用されているわけです。

ABMは正規の録音の少ないことでも知られていますが、本書の主人公も、レコード会社から新しい録音をせっつかれる、特にドビュッシーとショパンを求められる、というのも、明らかにABMを下敷きにしていることが読み取れます。

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そのうえ、この主人公の住む世界のなかには、多くの音楽家たちが実名で登場します。
最もしばしば言及されるのは、主人公が尊敬する先輩のクラウディオ・アラウですが、ルビンシュタイン、コルトー、ホロヴィッツなどから、グレン・グールドに至る数多くのピアニストや、指揮者などの「実像」が、ABMの上に仮託された主人公の虚像に絡むのです。

主人公の目から見た彼らの演奏や、演奏に臨む姿勢などが、遠慮会釈なく語られるのですから、その記述だけでも、音楽好きにとってはたまらない面白さなのです。

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しかし、この小説の主人公は、確かにABMに仮託されたピアニストであるには違いないのですが、実は、本当の主役は、ピアノのために書かれた史上最も重要な作品の一つと言われるショパンのバラード第四番、その自筆の(?)楽譜の断片なのです。

そして、その楽譜の数奇な運命が、ジョルジュ・サンド、ドラクロワらその周辺の人物とショパンとの人物模様から始まり、ナチス時代のドイツ、戦後ソ連のヨーロッパに対する分断的占領、南米への旧ナチの要人の亡命といった、激動する国際情勢までを背景として、語られるのですから、ただ事ではありません。

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つまり一面では、本書は、謎解きとサスペンスを備えた小説であり、ジョン・ル・カレやイアン・フレミングが描く世界に重なるような要素を備えていることになります。

それはそうと…、これ以上、解説めいたことを書くのは、ネタバレになるので💦
どうぞ、この辺りでご勘弁を。🙇‍♀️
(MIYABI)

書籍データ:
「ショパン 炎のバラード」
ロベルト・コトコネーオ・著
河島英昭・訳

出版社 集英社 (2010/10/26)
発売日 2010/10/26
言語 ‎日本語
単行本 ‎304ページ
ISBN-10 4087734714
ISBN-13 978-4087734713

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