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甲子園が始まる前に読んでおきたかった本
野球には疎いのだが、夏の高校野球だけは毎年欠かさず観るようにしている。
純粋な球児たちの一挙手一投足には、私のような野球に縁もゆかりもない人間までも惹きつける魅力がある。
そして何より真夏にクーラーの効いた部屋で、ガリガリ君を頬張りながら観る甲子園は最高だ。
例えるなら、お酒を嗜みながら花見をする感覚に近いのかもしれない。
そういうわけで、甲子園や高校球児を題材とした小説も好んで読む。
次にご紹介する本は、高校球児の親目線で書かれたものということで余計に興味を持った。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/147480175/picture_pc_d9f257c5aeb1eb27a003854d30d03ed5.jpg?width=1200)
「本当は女の子のお母さんになりたかった」
本書はこの衝撃的な一文から始まる。
主人公は球児の息子を持つ秋山菜々子。
シニアリーグの全国大会で優勝するほどのチームに所属し、エースピッチャーを任される息子の航太郎。
高校進学を控え、多くの選択肢があるなか、航太郎が選んだのは特別特待生という好条件でスカウトのあった希望学園高校だった。
その野球部に入部することで物語は大きく動き出す。
学園への入寮日当日。
菜々子たちが到着すると、派手に着飾った母親たちが寮の前でたむろしていた。
ほかの父兄たちを気にも留めず、妙に自信ありげな様子で談笑している。
その異様な光景に菜々子は違和感を抱く。
そして嫌な予感は的中することとなる。
スカウト時には愛想のいい温和な笑顔を見せていた野球部顧問。
しかし入寮後、顧問の態度が一変する。
初顔合わせの場で新入部員たちに舌打ちをし、周りの空気を萎縮させるような物言い。
さらに父母会という存在が菜々子を苦しめていく。
入学後初めての練習見学で、久々に目にした航太郎の様子に菜々子は愕然とする。
違う子と勘違いしてしまうほど痩せ細った息子の姿がそこにあった。
息子の高校入学を機に引っ越した大阪の地。
ただでさえ孤独や不安でいっぱいの中、父母会は理不尽なことの連続、さらには航太郎の故障、相次ぐ試練に疲弊していく菜々子。
菜々子と航太郎に救いはあるのか。
……散々煽るような紹介をしてしまったが、希望に満ちた良い終わり方だったので安心して読んでもらいたい。
本書のカバーイラストで目を惹くのは、アルプスから球児たちを見守る一人の女性の姿。
その後ろ姿を見ていると、なぜだか感傷的な気持ちが湧き上がってくる。
自分が母親っ子だったこともあってか、無意識に自分の母の姿と重ね合わせてしまう。
少し私の学生時代の話をさせてほしい。
私は中学・高校ともにテニス部に所属していた。
中学時代のこと。
私立の強豪校というわけではなく、普通の公立校だったのだけれど、顧問や一学年上の先輩たちがやけに熱血で「私立よりも練習量の多い公立校」をキャッチフレーズとしていた。
練習は毎日早朝からあり、休日も基本的には6時半から18時までの一日練が当たり前。
年末年始の貴重な休みも、近所のテニスコートで自主練をしていた記憶がある。
特に試合前は、早朝5時から18時まで部活があり、一旦家で夕食を食べてすぐ近所のナイター設備のあるテニスコートに集合し、22時まで延長練習、というような日々を送っていた。
そんななか、親たちも生活リズムを子どもに合わせざるを得なかったと思う。
保護者会は定期的にあり、試合会場への送迎のルーティンや子どもたち全員分の飲み物当番などの仕事が親たちに課された。
「あの子の親だけ送迎の回数が少ないのはおかしい」など、保護者間でのそういった声も私の耳に入ってきていたので、親は親で色々大変なんだな、と子どもながらに感じていた。
そのほかにも、きっと私の知らないところで保護者たちの苦労があったに違いない。
そんな親たちの知られざる苦悩が描かれた小説に出会えたことは大きい。
本書を読んでからというもの、地元の高校のグラウンドを通りかかったとき、練習している高校球児たちだけでなく、彼らに熱視線を送る保護者のほうにも目がいくようになった。
真夏の日差しが容赦なく照りつけるなか、すぐそばの日陰には入らず、日向で子どもたちを見つめ続けている保護者の姿があった。
ここにいる親たち一人ひとりに、菜々子のようなドラマがあるのかもしれない、そう思いを馳せた。