【企画参加】 むねこがし色 〜 色見本帖つくります
徳さんを待つ時はいつもこの新橋の駅に近い古びた待合いの窓際に腰を下ろす。奉公している小さな料理屋のお客達がはけた頃。狭い路地で小さな子供達が石蹴りをしながら遊んでいる。短く刈り揃えた襟足が寒そうでそれを目にした文香も反射的に白い首を縮めた。
思い返せば初めて徳次が店へやって来たのもそんな頃だった。そろそろ暖簾をしまおうか、という陽の薄い晩秋昼下りの矢先。
「邪魔するでぃ。」
と着物の裾をつまみ上げながらひょいと敷居を跨いできた。奥で女将さんが
「あら、旦那。今日もごゆっくりで。」
と声をかける。
文香は言われているように、熱い番茶を持って行くとこちらには目もくれず
「肉汁うどんで。」
と注文が来た。女将さんのところへ戻るともうその盆は用意されていて箸を置いて踵を返す。
「あれ、七味は?」
女将さんを見ると急いで手招きする。
「あの旦那には、七味忘れずに。」
白い首をこっくりとしながら駆け寄ると初めて顔を上げ文香を見上げた。鼻の上にのせた小さな丸眼鏡の奥の小さな目は控えめであるが温かい。文香も思わず微笑んだ。
次の日も同じ頃。女将さんが昨日と同じように声をかける。番茶が届く前に肉汁うどんの注文が入る。文香が白い首を右へ左へと動かす間にもう出来上がっている。慌てて七味を盆へ乗せた。
「ありがとう。」
と言われたことのなんと嬉しかったことか。
その次の日も徳次はやって来た。今日は片手に赤い実のついた枝を持っている。女将さんが
「今日は清澄まわりですか。」
と言うと、
「そう、歌の師匠のとこ。これをね、この娘にあげようと思って。」
と文香の目の前に差し出した。まだ実は若く小振りだがつるんとしていて張りがある。
「まぁ、南天ですか。旦那。もうそんな時期。暮れもすぐそこってことですねぇ。」
と女将さんが愛想良く応える。
「南天は『難を転じて福とする』ってぇ縁起がいいんだ。だから君にあげるよ。ついでに花言葉も調べるといい。」
文香はやや驚いてその実を受け取った。人知れず胸がきゅんとする。少し気難しいような小さな目と無骨そうな体格に似合わず何処か繊細な感性の持ち主である徳次の小さな贈りもの。自分の耳朶が南天と同じくらい赤くなっているのがわかる。
その夜は枕元へ女将さんから借りてきた小さな徳利にその南天を差して眺めた。眺めるたびに徳次の顔が浮かぶ。まさに胸が焦げるような夜である。
「はぁ、この実はむねこがし色だねぇ。」
次の日の朝、軒先を掃いていると向かいのばあやが子供達を見送りに現れた。思わず不躾に、南天の花言葉を知っているか、と聞くとふふふと笑って、
『私の愛は増すばかり。』
と呟いた。
〈本日のBGM〉
帰ってくれたらうれしいわ / ヘレン・メリル
〈徳次と文香 令和版オトナの純愛物語〉
シリーズ1はこちらから。
いやん♥
🔴 🔴 🔴 🔴 🔴
今日は、三羽 烏さんのこちらの企画に参加しますん。
〈清澄白河情報〉
人知れず続く徳次と文香のオトナの純愛物語。
今回は文香目線でお楽しみくださいませ。
あはん♥