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深夜 23時

水族館とは違う、もしかしたらサメやシャチなどを研究している…薄暗い施設のようなところの水槽の縁に立っていた。右も左も水槽が続き、15cmばかりの足元は不安定だ。近くをシャチがウロウロするせいで縁には絶えず波が押し寄せ、それに流されまいとバランスを保っている。遠くでは誰かが叫んでいるのが見えるけれど、残念ながら聞こえない、無音の世界。


ふと下を見ると、さっきまでいなかったエイやサメが近づいてきている。様子を伺うようにぐるぐる回るその姿に、獲物として見なされている気配がして背筋が凍る。逃げなくちゃ、衝動にも似たような感覚が襲ってきて、もう少し安全な場所をと体を捩りながら探していると跳べる距離に良さそうな縁を見つけた。あそこへ。全神経を集中させて跳ぶ。しかし、私は忘れていた。自分の運動神経の悪さを。足場の悪いこの場所で跳んだところで無事に着地できるはずがない。案の定、足を滑らせ、スローモーションで彼らの待つ水槽の中へ吸い込まれていく。もう、終わりだ…それで頭がいっぱいになりかけた時、「夢の中でも私は運動神経悪いのか…」という思考が頭をよぎった。待て、待て待て。これは夢なのか!!と気づいたと同時に…魔法が解けたようにすっと目が覚めた。車の、中だった。仕事終わり、家への道のりを歩く元気さえも失われ、スイッチが切れた私は、ちょっと…と座席を倒したんだっけ。それが始まりだった。急に襲ってきた睡魔に身を委ね、気づいたら夢を見ていた。

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昔から海が恐ろしかった。自分の周りを、アーチを描くようにできた水槽のゾーンは今でも一人では通りたくない。そっと袖にしがみついた私を、もう甘えたさんかよと言わんばかりの顔で見てきたあの人はめちゃくちゃ、勘違いをしていた。違う、視界の全てを海が覆うその場所が、ただただ怖かったのだ。帰り際、少しそのことを漏らしたら「無理しなくてよかったのに」と来たことを後悔しているような顔をしたから、頭をぶんぶん振って否定した。それも違う、怖いけどそれをこえる勢いで私は海が好きだった。説明しながらうまく伝わらなかったなと思ったけれど、「ジェットコースターみたいなものか」と頷いていたあたり、少し伝わっていたのかもしれない。

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前にそのような話をしたとき、大事な親友が「人間には山が怖い人タイプと海が怖いタイプがいるそうな…」と言っていた。驚いた。まったく怖くない。確かに山の奥に置いてけぼりにされたらそれは不安で仕方ないだろうけど、その怖さとは違う。「私も海だよ」という親友に、そうだよね、何だかあなたとは深いところで共鳴するから、きっとそんなんも一緒だよねと力強く頷いたのを覚えている。

そういえば、小さい頃、高熱を出してうなされている時に見る夢も、決まって知らない魚ばかりが集まった空間で一人ぼっちになる夢だった。こっちでもない、あっちでもないと勇気を絞って駆け回りながら誰かを探す、夢。今ではもう見なくなった、と思っていたけれど。

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そんなことを考えながら、夢を見ていた間に来ていた連絡をチェックする。暗い車の中、携帯の明かりが眩しい。でもそれでさっきの世界が夢だったと確信できてほっと安堵する。が、未読が並ぶLINEの中に「どんな海がすきなの?」という問いを見つけて手が止まった。えっ、海?…あ、そっか、そうだった。美しい夕日に照らされた海を見たという話をした人に自分も偶然夕方、海の近くを走っていたと報告を受け、あら、そうなのと話していたのだった。どんな海が好きなのか。どこのが好きかという話は誰かとしたことがあるかもしれないが、「どんな」と聞かれたことはなかったような気がする。そしてその質問、なんか好きだなと思う。心が疲れたと感じた時はふらり海に行きたくなるから結構知っていると思うけれど、それらのどんな所に惹かれていたのだろう。分からないなと既読をつけ、考えながら帰ろうとようやく車を降りた。AirPodsをセットし、kan sanoの「baby on the moon」を流す。23時。

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