見出し画像

犯人が抱えるもの:『六人の嘘つきな大学生』読了



※以下ネタバレが含まれています。ご注意ください。
ネタバレしても楽しく読めるお話ですが、もしご興味があればまずはご自身で読了されることをお勧めします。
帯で知りましたが、映画化されるそうです。確かに映画向きだと思いました。

本文の引用があるので記事自体はめっちゃ長いです。
そしてこの記事では、この本を読んだ大体の人が辿り着く筆者の伝えたかったことではなく、犯人の人物像についてのみ語っています。かなり風変わりですがお付き合いいただけますと幸いです。







九賀くん
物語の最初から最後まで、私には1番魅力的に映ったキャラクターである。

物語の前半でも後半でも主人公にはならなかった彼であるが、物語では1番の鍵を握っている。


この物語は、とても簡潔にいうとスピラリンクスというIT企業の最終面接のグループディスカッションにて起きた事件をめぐり、選考から8年経ち本当の真犯人が明らかになり___というようなもの。

物語の中では、真犯人は前半の主人公として描かれていた波多野くんと誤認した状態でしばらく進む。といっても波多野くんが真犯人だという説が浮上するのものもかなり話が進んでからだ。
しかし最終面接のグループディスカッションでは『犯人は波多野祥吾』という状態で幕を閉じてしまう。

8年後、主人公は嶌衣織という人物へ切り替わる。
なにせ8年後のこの世に波多野祥吾はいないのだ。病死とのこと。
自らの無実、そしてあのグループディスカッションで明かされた各人の黒い部分を違う角度から調べ上げ、みんな悪い人じゃないという書き置きを残してこの世去った。
しかもご丁寧に3回までしか入力できないパスワードをかけたzipファイルの中に閉じ込めて。

ただ、私が話したいのはこう言った物語の筋ではなく、九賀蒼太という人物についててある。
なぜ私は彼を1番魅力的に感じたのか。


九賀蒼太は物語の中で1番ころころと印象が変わる人物である。
第一印象は波多野くんから語られる圧倒的に整った容姿である。

先陣を切って尋ねてくれたのは、そのまま俳優デビューしても何ら問題ないのではないかと思うほど端整な顔立ちをした学生だった。順番待ちのボードに彼が「クガ」と書いたので、僕はその完璧さに立ちくらみを起こしそうになった。あのルックスで、名字が「クガ」。それだけで三十社は内定がとれそうである。

控えめに右手を挙げる仕草も、クガ氏がやると何かの映画のワンシーンのようであった。彫刻さながら彫りの深い目鼻立ちに、少し太めの眉が凛々しさを演出。それでいて昭和のスターを思わせてしまう古くささはなく、どこまでも今どきの好青年に見えるのが感動的であった。クガは「九賀」と書くそうで、下の名前は「蒼太」だというのだからいよいよ完璧だ。

表紙の1番下にある写真が彼だ。
こういう前髪を左右に分けて額そして顔をしっかり見せる黒髪ストレートがとびきり似合ってしまう、全く癖のない顔立ちなんだろうなとこの文章を読んだだけで想像がつく。
男らしいというよりは爽やかで、柔らかさもありながら凛とした、美しいという言葉すらも勿体無い、知性と品と誠実さが何の嫌らしさや押し付けがましさもなく素直に優しく容姿に出ているタイプなんだろうな、と私は思った。
美しい、というよりは好青年。誰が見ても「この人は間違いない」と容姿だけで分かる、そういう人なんだろうなと文章だけで想像できてしまう。

だってわたし、聡明さが柔らかく爽やかに顔に出る好青年ばっかり推してるからさ、分かるんだよ。絶対そういう人じゃん、と思った。

(これ以降も「分かる」という言葉が何度か出てきますが、全て勝手な私の解釈です。分かっていません。)


九賀蒼太。完璧な名前を与えられたからこういう見た目になったのか、あるいは名前に見合う人間になろうと彼自身が自分を磨き続けたのか。

おそらく後者だ。
先ほど「推し」という言葉が出てきたが、私自身の推しが名前も顔も美しい人だからこれも分かる。

そりゃご両親の顔立ちが美しいのもあるだろうし、教育もお家柄も素晴らしいのだろう、知らんけど。誰もが羨む容姿と肩書きを持っている人は大体育ちがいい。品性も学もご両親の人柄の良さがそのまま反映されていることも多いだろう。
つまりは名前に釣り合う完璧な人間になるための土台はすでに出来上がっていたと思う。ただ土台の上にどうやって人格を形成するかは自分次第だ。
九賀くんは完璧な根に完璧な幹を据え、完璧な葉そして美しい花を咲かせた、そういう人だと思う。
両親が影響を与えるのはせいぜい土台くらいだ。もちろんその土台が最も重要と言われればそうなんだけれど、その土台を無駄にしなかったのが九賀くんなんじゃないか、と思った。(読了した今も思っている)


慶應大学の総合政策学部で勉強をしています」あまりの完成度に拍手を送りそうになった。しかし彼がただ見た目と肩書きだけを買われて選ばれたわけでないことは自明であった。話し方、物腰、眼差し、どれをとっても爽やかで、自然と耳を傾けたくなる。言葉の選び方の端々に高い知性が滲み出る。これだけ完璧な人間が現れたら多少は僻みたくもなりそうなものだが、まったくそういった負の感情が湧いてこない。
もっと彼と話がしてみたい、あるいは彼に認めてもらいたい、そんな風に思えてしまう一種の魔性を感じさせる男性だった。

今思えば九賀くんの描写がやけに長いんだけれども、もう完璧という言葉すらも勿体無いくらい、好感度が天井を突き抜けている。
これは波多野くん、つまり男性目線で描かれているのだが、同性から見てもこの評価なのだから恐ろしい。
大学生の頃リアルに慶應の総合政策学部と合同ゼミなるものをしたことがあるので、慶應のSFC(湘南藤沢キャンパス)やんけ…と思った。というか慶應ボーイとかいうイケメンの代名詞みたいな肩書きをとてつもなく綺麗に容姿に落とし込んでいる九賀くんに私も拍手を送りたい。


九賀くんに対する描写はこのようにどこまでも好青年でありどこまでも完璧、というかマイナスな要素がひとつもない。
そしてそれはあの封筒が開けられとんでもない暴露が日の目に晒された時も、真犯人だと問い詰められた時も変わらなかった___というか、むしろこの場面でもこう描かれるのか、という感想の方が近いかもしれない。


乱象に髪をかき上げると、うっとりするほど綺麗にセットされていた九賀くんの頭髪はそのワックスの強力さもあって情けないまでに撥ね乱れ、寝起きかと紛うほど間抜けに仕上がった。好青年という表現がぴたりと当てはまる端整だった顔立ちは、実は本人の巧みなコントロールによって成立していた仮初めの奇跡だったのだと知る。
別人のようにだらしない表情を作った九賀くんは遠慮なく下品な舌打ちを放つと、まるで期待外れの競走馬を罵るような口調で、
「・・・・・・クソが」
僕は先ほどまで九賀くんが座っていた席に座っている、見慣れぬ男を、ただじっと、見つめ続けた。

当時付き合っていた女性を妊娠中絶させた、というとんでもない暴露が披露された時の九賀くんである。正直、今までの好青年ぶりが全て覆ってしまう場面である。
しかし、綺麗にセットされた頭髪も端整な顔立ちも、「本人の巧みなコントロール」であったわけだ。完璧な土台に美しく完璧な花を咲かせていたのは紛れもなく九賀くん自身だったのだ。

そして暴露の内容はもちろん、下品な舌打ちの後に出てきた言葉が「クソが」なあたり、今までの限界突破していた好感度を全て無に返す出来事であるが、
これを全て九賀くん自身が仕込んでいるのだから驚きである。


それとイケメン。彼はなんていうんだっけ?はいはい、そうだ九賀だ。九賀。

案の定、彼女の反応は、なるほど、そうだったんですね、あの格好よかった人ですね、という程度のものであり、私は何のために電話をしたのだろうと急に申しわけない気持ちになり始めた。

九賀くんが真犯人だとは知らないがあの最終面接のメンバーであったため暴露のことは知っている矢代さんと、8年後に全てを知り犯人だと伝えられた波多野くんの妹である芳恵さんの反応。
どこまでも「イケメン」「格好いい」という表現がついてくる。


「印象は変わった?」九賀蒼太は俳優のような甘い笑みを浮かべて、尋ねた。

そこで一度言葉を切り、やはり場違いなほど爽やかに微笑んでから、「君を含めてね」

九賀くんが真犯人だ、と突き止めて九賀くん自身に問い詰める嶌さん目線での描写。
どこまでも爽やかで美しい九賀くん。九賀くんの容姿に対する描写が崩れることは「クソが」以外ではほとんどなかった。



ここから分かることは、九賀くんは「誰が見ても魅力的に映る」のだ。
私は分かりやすく容姿に関する部分だけピックアップしたが、細かい気遣いや全く嫌らしくないリーダーシップを発揮する描写もたくさんある。
彼自身にいいところはたくさんある。恋人を妊娠中絶させても、あんな事件を仕掛けてしまっても、だ。
実際、この本を読めば分かることだが妊娠中絶も彼は悪くないらしく、あの事件も自分が内定を得ようと私利私欲で起こしたことではなかった。
とはいえ彼への用語は他のメンバーに比べればいくらか弱い。それは他のメンバーには残されている暴露された出来事の裏側を語る第三者の音声が九賀くんの分だけ残されていなからだ。九賀くん宛の手紙には妊娠中絶させられた元恋人が「悪くない」と言っている、という旨は記されているが前葉は明らかになっていない。そのため彼がどう悪くないのか、何もそういう話がないのだ。
でも、"あの"波多野くんが「君は、まったく、悪くないじゃないか。」と言っているから、多分本当に悪くないんだろうなとそう信じてしまう。

そして、何となくその擁護を九賀くんが望んでいないと思ったのではないか、とも思う。

なぜなら、九賀くんは自分自身のことも罰したからだ。それこそ「フェア」に。
むしろ、自分自身を罰したかったのかもしれない、とも思った。周りが悪くないと言えばいうほど、自分で自分を罰することしかできなくなってしまったのではないか。


九賀くんは悪を誰よりも許せない人なのだろう。自分にも厳しくて真面目で不器用なところが本当に愛おしく感じる。
それは、ウェルチをお酒だと思っていたところも。誰か教えてやれよ…と思うけれど、嶌さんの前に置かれたデキャンタに入ったウェルチを「ウェルチがどういう酒かわからないけれど飲めない人には飲めないんだよ。」と言ったのは、なんだろう周りのことを見れているような見れていないような、そのさりげなくも不器用な気遣いが愛おしくて仕方ない。

そして、きっと読者の大半は魅力的に思うだろうに、どこか彼自身の自己評価が低いようにも感じる。
というより私が彼ならもっとナルシストに自信満々に生きているだろうなと思ってしまう。
性格上、息が詰まることも多いのではないか、と思うけれど、どこかで自分から自分を諦めることであたかも人生イージーモードみたいに見せているもなんかすごい切ない。

完璧な人間もどこか少し抜けているところがあるものなんだけど、九賀くんの場合その抜け方は全然可愛いのにその勘違いから暴走してしまうところがあるようにも見えた。

波多野くんも言っているように、九賀くんは自分自身を許せない。ゆえに背負っているものが多い。とんでもなく肩に力が入っている。
自分を許せなくて情けないと感じているのかもしれない。自分自身に失望している部分があるのかもしれない。でも、波多野くんをはじめ登場人物にも読者にも、あくまで「美しく」「魅力的に」映るのが何よりの答えだ。完璧にいい人とは言えないのかもしれないけれど、悪い人ではない。
九賀くんの描写に棘が少ないのもそういうことなんじゃないかと思う。

しかし、そのことを九賀くん自身が認識していない。
自分のことをどこか諦めていて、爽やかに軽やかに振る舞っている。余裕のあるように見えるのも彼がそう見せているだけかもしれない。それでもってやはりどこか掴めない。結局どういう人なのかが1番見えてこないのが九賀くんだから、悪い人「じゃないと思う」の域を出てくれない。それだけが読者にとってもネックであり、筆者のテクニックなのだろう。

また、九賀くんの容姿の描写がやけに多く、どこまでいっても「容姿端麗」といった表現が付き纏ってくるのも、彼にとっては不本意かもしれない。
どこか内面を見てほしい、と思う九賀くんがいたのではないか。それが自分は本当はロクでもないやつなんだというマイナスな意味だったとしても、九賀くんが自ら自分の汚点を晒し上げたところを見ると、外面だけを見て欲しかったわけじゃないのかもしれない…と取れなくもない。


最初の方にも書いた通り、九賀くんは内面の良さが容姿にも表れているタイプだと、読了した今でもどうしてもそう感じてしまう。
そりゃ綺麗な容姿に寄ってくる人もいただろうが、このお話では彼の内面の良さが伺える描写が多い、それは容姿のことを言っている描写よりも全然。私が引用を諦めるほどには多い。多すぎる。
だから尚更そう思ってしまうのだ。

そうやって完璧な土台を更に完璧に作り上げることはできたのに、自分自身で心から誇りに思えないのが、九賀くんの抱える弱さなんじゃないかと私は感じた。


きっとこの物語は「人のことを○か×かという二択で判断することはできない」的な理論に着地する人がほとんどだと思う。私だってそう思うから。

でも、その二択で自分に×をつけてしまう九賀くんに、どうしても切なさとやるせなさを感じてしまうのは私だけではないのではないか。

読了した今、不器用でちょっと残念なところもあるけど『結局は完璧超人イケメン』というイメージに落ち着いた私の中の九賀くん像。
きっとそれは間違っていない。
しかしそれは九賀くんが自分を厳しく律し続けた末の、自分に向けた棘の上に咲く花なのかとしれないと思うと、私も波多野くんと同じように「もう少し楽になってもいいんじゃないか」と声をかけたくなる。

そして、
九賀くんが、自分で自分を諦める必要はどこにもない。それだけは絶対だ。



追伸
私もあの飲み会の描写はかなり下品だと感じたので、そりゃウェルチがお酒だと思っていたら飲めない子にデキャンタいっぱいのお酒飲ませようとしているように見えるんだもん、引くよね普通に。読者もあれがウェルチだったと知るのは後半だから、私も引いてたよ。しかも私もお酒好きじゃないから尚更ね。
ただ、九賀くんがコーラ片手に持っても誰も飲ませようとしてこなかったのが私はちょっと不思議だったんだけど、全部全部みんなの気遣いで、それがうまく九賀くんに伝わってなかっただけなのか…と思うとね…。
波多野、お前がウェルチはジュースだって言わんからだぞ!!!笑ってんと教えたれよ…!って思いますけど。ね、教えたれよ〜!!
九賀くんが自分含めあの六人がみんなちゃんといいところがある人たちなんだよって気付けたらいいなって、そんな淡い思いを残して私はこの本を閉じることにします。
良き作品に出会えました。ありがとうございます。



いいなと思ったら応援しよう!