死にたい私とビターチョコ
先生を呼び出したものの私は何も言えず俯いていた
数分の沈黙と先生からの優しい誘導の末に、
そして
「怒らん?」「怒らん」
「引かん?」「引かへんよ」
そんなやり取りの末に
私はようやく胸に抱いていた診察ノートを渡した
診察ノートの一部を抜粋する
先生は静かに読んで、そして「引くことはないよ。言ってくれたことが嬉しい」と言ってくれた
「お前にとって授業がなくなるってことがいちばんでかいのはわかってたからずっと心配やった。その上でお前が勉強とかしに学校来て過ごすんやろうなってのもわかってた。でも言い方悪いけど心のどっかにはそういう行為に走ってしまうかもしれへんなって思いはあった」
心配が嬉しかった
主治医にも桜先生にも「大丈夫そう」とか「元気そう」とか言われてしまって、それとは裏腹にどんどん転がり落ちていく調子が苦しかった
私のことをまだ今も大丈夫かなって気にかけてくれる人がいることが嬉しかった
先生は本当に怒らなかった
「そうなんやって思うだけ」という言葉の通り怒りも嘆きもしなかった
「しんどかったやろ?」
小さくこくりと頷いた
しんどかった。自分が怖かった
「ひとりがあかんのちゃうか。ひとりやとどんどん自分に向けられるから。良いことも悪いことも。それは先生でもそうやで?それが良いことなら次に繋げようって外に出せるけど悪いことなら自分に向けてあかんわあかんわってなってしまう。それが水和にとって大したことじゃなくても先生にとってはそうじゃないってことはあるから。価値観とかは人それぞれやからさ」
「自分が気にしてても周りは意外と気にしてなくてそんなもんかって思うことだってあるよ。大人でもそうやって人と話してく中でわかっていくんやからそういうもんじゃないの?」
そうして上手くやっていくらしかった
私には到底できなさそうで首を少し傾げたけど最後は頷いた
先生はノートをなぞって「思うのはしんどかったんやなってこと、こうして話してくれたことが嬉しいなってこと、ようとどまってくれたなってこと、それと正直に書いてくれてんねやなってこと。嘘言うてないねんなってこと。昨日切ってないって言ってたもんな笑」と言った
実は昨日も先生に助けてと言おうとした
先生はたくさん選択肢を出してくれた。たくさん誘導してくれた。それでもどうしても言えなくて結局家に帰ったんだけど
その時に「手切った?」と聞かれて否定したのだ
「切ってはないもん」と笑うと先生も「知ってる」と笑った
「話においで。顔出してくれたらいいやん」
「最近話せてなかったからそれもあるやろ」
そうは言われてももうあと少しで卒業するのに…
「卒業するよ」と小さく呟いた
「ちょっと寄ったらいいやん。お医者さんでもない大学関係者でもない第三者の方が話しやすいってこともあるやろ?そんな相手に使ってくれたらいいから」
卒業したら全てが終わってしまうという気持ちは消えないけれど少しずつ先生の言葉の通りに思えたらいいなと思った
「チョコいる?」
唐突に聞かれて戸惑いながら頷いた
「ビターやけど。さら(新品)のやつ」
また頷いた
「取ってくるわ」と言って面談室を出ていく先生
俯いて待ってると「ほら、さらぴん」と言われて笑いながら受け取った
そして雪が降るからそろそろ帰るように促された
私は頷いてノートを持って立ち上がった
先生は「ほんまよう言ってくれたな」と言ってくれた
そして「がんばれ」と強く優しく言われた
家に着いた
まだ死にたい気持ちはやって来なかった
なんとなく今日はやって来ない、もし仮にやって来てもそこまで酷くないだろうなと思った
先生に貰ったチョコレートを2粒食べた
久しぶりに食べ物を美味しいと思った
罪悪感も不快感も抱かなかった
死にたい気持ちはまた来るかもしれない
でもその度にこうしてチョコレートのように溶かせたらいいな