自分を褒められないヤツ、まずこれをやれ
謙遜を美徳としがちな日本人の中で、
自分のことを褒められる
自分のことが好きだ
と、そう考えられる人の割合は一体どのくらいいるでしょう。
かく言う私は、自分のことを褒めることは愚か、自分のことを好きだなんて言えたもんじゃありません。
でも、"あること"をした私は少しだけ「自分ってすごいかも」と思うことが出来ました。
今日は自分を褒めることや、自己嫌悪に陥ってしまったときを抜け出すための方法について、数時間前に感じたばかりの気付きについてのお話。
最近はめっきりnoteの更新も疎かになっており、今こうしてゆっくり文章を綴るのはとても久しぶりのように感じます。
忙しく、それでいて充足感のある日々を送っていました。
自分が本当に休職期間中なのか怪しく感じているくらいです。
ですがそんな日々の中でも、現実に引き戻される日があります。
心療内科への通院と、自分の病状を会社に説明するときが、ここ数ヶ月間の日々の中で私が最もつらいと感じるようになってしまった日です。
病気が治ったからと言ってすぐ働けるわけではないということに気がついたときのお話↓
これに気がついてからというもの、生活リズムを整えたり、できる限り昼間に活動するようにしています。
私は今月の通院で、あることを決めていました。
「今月でも復帰がまだ駄目だと言われたら、実家に帰ろう」
理由は様々ですが、"休み始めて1年経っても駄目だったら"というのが1番大きいです。
そして昨日、その願いはばっさりと切り捨てられました。
先生の言葉は、それはそれは切れ味のいい刃物のようでした。
あっという間に診察が終わり、会社への説明が終わり、逆に会社から今後の私の扱いについての説明を聞き終わり、気がつけばひとり暮らしをしていたアパートの退去の連絡まで終わらせて、今、こうして文章を書いているわけです。
ここまで書き終えて、私はまだやっぱり凹んでいるんだなと実感させられています。
昨晩は眠るまでにすごく時間がかかって、友人に連絡をしました。
友人は私に「もっと自分を甘やかしていいんだ」「褒めていいんだ」と言います。
でも、褒めるってどうしたらいいんだろう。
結構真剣に考えました。
会社の朝礼当番で「明日何話そう」とか考えるときと同じくらい。そんな真剣じゃないか。
甘やかすのも褒めるのも、言うだけなら出来るけどどうしても嘘っぽい、というか自分が思ってなければ嘘です。
考えた結果、私は自分を褒めることが出来ませんでした。
でも、感謝なら出来ることに気が付きました。
「急遽お金が必要になっても、貯めておいてくれた過去の自分ありがとう」
「好きなことを見つける時間を作ってくれた過去の自分と、ク◯ッタレな会社ありがとう」
「今住んでいる地域のことが好きだと気付かせてくれたのは自分が決断したから」
最後はもうこじつけですが、それでも感謝してみたところ「え、お金貯めてた自分偉くね?」とか「自分の決断で好きなことに辿り着けたのすごくね?」という思考に行き着けました。
それは、"感謝すること"が"自分を褒めること"へと繋がった瞬間でした。
しかも嘘っぽいものではなく心の底から思えるという結果に。
これに気が付けた私は、昨夜あまり気落ちせず眠る事が出来ました。
もちろん、一時的に大きなものを失ってしまったような感覚はまだ拭えていませんが。
しかしこうしてちょっと真剣に考えた結果、うつ状態を少しでも短くすることが出来ました。
普段からこれが出来ている人はただただすごいと思うばかりです。
ただ、自分を褒めること、認めることを苦手とする人間が、本当に自分を褒めることを体感出来た時の効力は結構凄まじかったです。
この記事を読んでくださった方、騙されたと思ってお試しあれ。
ちょっとだけ真剣そうな顔してトライしてみると尚良しです。考える人みたいな感じで。