一生働かなくて良い

もう一生働かなくても良くなったら、あなたはどう生きますか?-自分を大切にするって、何だろう?-

「もう一生働かなくても良い」という許可証を貰えたら、あなたはどうしますか?
少し時間をとって、そうなったら自分はどうするか、想像してみて欲しいのです。


私は、今は鍼灸師で、開業して自営業者ですが、以前は勤め人でした。
サラリーマンではなく、公務員で。
その前はフリーターで、その前は大学生。
その前は予備校生で、その前は高校生で、その前は中学生で、その前は…


つまり普通でした。


小学生の頃の私の夢は、山で炭焼き職人になりたい、でした。
社交性が低くて、いつも一人。本を読んだり、絵を描いたり。
一人の世界に浸っているのが何より好きでした。


でも絵を描いていると、母に呼ばれるんです。


茶碗を洗って、風呂掃除をして、野菜を洗って、切って、料理を作って、また茶碗を洗って…


家事が終わると、自分の世界、自分の部屋に私は戻り、そこで短い、幸せな時間を過ごしていると、弟が様子を見に来ます。


私にはそれが煩わしかった。


だからいつか、山に一人で住みたい。
貧しく、つましく。誰とも交わらず。


独りで生きて、独りで、死んで。
それで構わない、そう思っていました。


ある日、私は「もう働かなくてよろしい」ということになりました。


心を病んだ、病人だから。


しかし、そもそも命をとられるような病気ではないし、我が家は長寿の家系。いったい何歳で死ねるか分かりません。

日本の年金システムが崩壊するのと、寿命が尽きるの、どっちが先?


そもそも、働かなくてもいいと言われても、月々貰える障害年金は(正確には2か月に一回支給されるのです)9万円ちょい。というわけで、単独で家を借りていたり、一人前の生活をするにはちょっときつい。


団塊の世代の親も、退職後の独り暮らしで月20万くらいは欲しい(孫にお金がかかる)と言っていますので、9万円という年金額はなかなか厳しい。


この金額ではもちろん、好き放題遊んだりはできません。ちょっと旅行したり、好きな服を買うためにはバイトくらいしたほうがいい。障がい者といっても、見た目でそう察知されるもんでもなし。社会から没交渉になる必要もなく、「ピッチピチだけど年金生活者で~す」と人に言う必要もない。なのでアルバイトをしてみたり。


とはいえ、働かなくても良いという宣告は受けたので、働かずプラプラしていても良いわけです。本気で働きたくないなら、実家に持ち家もある。働かなくても生きていける。なんなら親がいる限りはパラサイトできる。


そんな「一生働かなくてもいい」称号ですが、皆さん欲しいですか?


みじめだな。

欲しくねぇよ。


という反応が、まとも、だと私は思います。


ただ、私が、同じ選択肢を、大学時代くらいに出されていたら、へらへら笑って受け取ってたでしょうね。


就職超氷河期でしたから。


そして、毎晩0時過ぎに帰宅していた頃の自分も、その選択肢を出されていたら、やっぱり受け取るんじゃないかぁという気がします。


そして、ちっとも景気が上向いていそうには感じられない昨今だって、やっぱり受け取る人は結構いると思います。


障害年金ですが、これをベーシックインカムだと考えるというのもアリです。


年金で基本的な生活が保障されるなら、自分が前々からやりたかったことに挑戦してみたい!そう考えられる人は、幸せです。(理由は後で書きます)


昔、山に一人で住みたい、世捨て人になりたいと思っていた頃。


私は、たった一人、誰にも見られず、誰にもけなされず、その代わり誰にも評価してもらえないという境遇になったとしたら、

きっと!自分は絵を描き、本を読む、そんな「晴耕雨読」の仙人、いや、インドの聖者!のように生きていけると思っていました。


にも関わらず、今、現在、私は、ろくに本も読まず、絵に至っては完全に筆を折っています。


小人閑居して不善をなす


という言葉がありますが、


立派な人物に時間を与えれば良いことをするけれど、しょうもない人間は、暇になると碌なことをしないという、人を見下した言葉です。


私は今、この言葉をモーレツに「正しい」と思います。


金と暇を与えられても、私は何一つ、価値のあることをできなかったからです。


QED.(かく示された。証明終わり)


「働かなくてもいい」というのは、言い換えると、人生の時間を完全に自分だけのために使えるということです。


分かりますか?

自分の時間を、自分のために、自由に、使えるのです。


私の両親は離婚しているのですが、父は独身に戻って、そりゃもう世界中旅行しまくりました。世界100ヵ国超え、141ヵ国だとか言ってました。

それで?

楽しく、充実した人生だったと言えるでしょうか。本人に訊ねる勇気は、私にはありません。

子どもは四人もいるけど、「自分で育てた」感じはないと思います。そして、父が親として、子どもを思ってくれていることは、ときに痛いほど感じられますが、父はどこか遠慮して、私たちに接していると思います。



自分のために、時間を、有効に、利用?


って、なんでしょうね。

贅沢することでしょうか。

世界中旅行して見聞を広めることでしょうか。


あなたが自由に生きられない制限条件が、時間とお金だと思ってる限り、あなたは、自分の人生の時間を、有効になんて、絶対に、使えない。


真の制限条件は、時間でも、お金でもない。

たぶん、本当にやりたいことなら、どれだけ忙しかろうと、お金がなかろうとも、食べるものも食べず、寸暇を惜しんで、とっくにやっている。

大抵の「私たち」には、そこまでして愛し、没入できる対象がない。

真の制限条件は、凡夫である私たちには「有効に」が何か、分からないってこと。


そして、大人(たいじん。小人に対しての大人)…尊い人とは、時間やお金が、あろうがなかろうが、やりたいこと、やるべきことをやれる人。


小人である私は、時間もお金も、有り余るほどあったとしても、誰の役にも立てない。なんら意味あるものを作り出せない。


価値を生み出せない。

生きている意味を、見いだせない。


もし、レオナルド・ダ・ビンチのような天才に、お金をたくさん渡したら、彼は絵を描き、新たに何か発明する。


手塚治虫にお金と時間を渡したら、アニメと漫画で世界にさらに大きな影響を与える使い道を考えだすと思います。


私は、二人が天才かどうかなんて知らない。


ただ二人とも、お金と、時間の使い道を持っている。その点が、狂おしいほど羨ましかった時期がありました。


お金と時間があったら、ダビンチは「もっと世界を理解し、表現する」ために使うし、手塚治虫は漫画に使う。そんなの、本人じゃなくても、本人以外にも、試すまでもなくわかる。手塚治虫と言えば漫画だし、ダビンチと言えばモナ・リザ。


お金と時間を持て余し、世界100ヵ国以上を旅行…「消費は、ほかの人を潤している」なんて、そんなおためごかし、軽々しく口にしないで欲しい。旅行するくらいしかすることがなかった地獄を、きっと父は味わった。


父の話を勝手にしましたが、父の気持ちを、私は想像で書いています。

私の話をしましょう。

私が、仕事をしなくて良くなって、しばらく実家にパラサイトしていた間、どうなっていたか。


私は、発狂してました。

一年だったか数年だったか、今となってはハッキリしませんが、小説を書いていました。狂ったように。いえ、たぶん狂っていたから。ホームページを自作して、そこにせっせと小説を投稿していたのです。

それだけでは、「発狂?」と疑問符がつくところでしょうが、睡眠もろくにとらず、食べることも忘れ、朝も晩もなく一年中です。家からもロクに出なかったと思います。

その一方で、一緒に暮らしていた母に暴言を吐きまくり、母が倒れるという事態になりました。

つまり、いつの間にか、私はうつ病ではなく、躁うつ病になっていたのです。

ちなみに、こうなるまで、小説を書きたいと思ってはいなかったですし、今は小説のアイデアなんか、かけらもわいてきません。躁状態が沈静するに向かって、どんどん書けなくなりました。

すべては躁状態のなせる業です。

(山ほど書いた小説は…BL二次創作小説なので封印するしかありません)


さあ、あなたは、もしお金と時間があったら、生活のために働かなくて良くなったら、何をしますか?

あなたの中に、答えはありますか?


貧困の問題は、確かに深刻だし、今後も課題だと思います。


しかし、同時に、AIの進化次第では、本当に誰も働かなくても良い時代が来る、そういう時代のとば口にも立っています。


あなたがもし、先ほどの問いに答えられないのであれば、

生活のために働かなくてはいけない時代の方が、まだマシだった

と、己の才能のなさに絶望して、自殺…

することのない暇さを苦にして、自殺…

という話は、私の妄想でも何でもありません。


実際、福祉の行き届いた北欧で、何年も前、高齢者の自殺が増えて社会問題になりました。


たしかに、働くことは苦しいです。

でも、働けないじゃなく、「働かないでいい」人生にも、闇がある。



職業選択の自由がなかった江戸時代のが楽でしょうか?
それとも選択の自由があるようでない時代?
働く、働かないを選べる時代は?

たぶん、どの時代も、それぞれに楽じゃないと思います。
生きるということは、どれだけ文明が発展したって難しいんだと思います。


ただ一つ言えるのは、「働かなくてもよい」という人生は、人を哲学者にします。


自分のアイデンティティのために働く


哲学者っぽい。


そういう心理状態になります(でも、哲学者だけに、自殺しやすくなります)



ここからがこの文章の結論ですが、


働かないで実家に籠っていた時期より、今の、貧乏な自営業者の私、一万倍、精神的に楽です。


躁病が発症したのは、ブラック企業から解放されて、一瞬、脳内に風速40mの風が吹き荒れたのからだと思うのです。

たしかに退職前から、そんな気配はありました。(後で冷静になってからしか気づくことはできません)

休職期間の行動を振り返っても、ちょっとおかしかったのです。急に大金をかけて英会話の勉強をしだしたりしましたから。(仕事に英語、いりませんでした)

圧迫と解放のギャップで、理性を振り切った行動に出てしまっていました。


働かなくて生きていけるという状態になると、うつ病がこじれて、躁うつ病になります。

一瞬は解放感で、躁に振れますが、そこからが地獄の一丁目です。

躁の後には、鬱に振れます。動けなくなります。自己嫌悪と恥とで死にたくなります。躁のときにやってしまったこと、言ってしまった言葉が、襲い掛かってきます。

躁病は人によっては浪費という形で現れます。身動きできないほどの借金苦が待っていることもあり得ます。


私の筆力では、書き尽くせない色んなことがありました。

私が今、まだ生きて、仕事をしていられるのは、私がさんざん傷つけた母のおかげです。


炭焼き小屋に住みたいと思っていた頃、私は他人の面倒を見させられるのが大嫌いでした。「役に立つ」ことも嫌いでした。

朝起きるのも嫌い。朝起きたら、仕事が待っているから。

夜寝るのも嫌い。朝が来るから。

ドラ娘ですね。

働くのも、家事をするのも、大人になるのも、親になるなんて絶対、嫌でしたね。こんな経験するまでは。

母に『人に尽くす系の仕事』はしたくない、と言ったこともありました。

今は、鍼灸師。「何か人の役に立つ」ことが出来るようになりたくて、鍼灸学校に入ったのです。

母を傷つけてしまった自分が、何の役にも立てないまま生きることが、もう許せないのです。

あ、かといって、無償奉仕で「人に尽くす」という気持ちまではありません。もしそこまで行ってたら、今頃インドでボランティアしています。


一連の経験で私が得た結論は、


仕事は、他人のためじゃない、です。


自分を壊さないために、働かないよりは、働いていた方がいい。


私が、もし、もうちょっとでも賢ければ、それに早く気が付けていたんでしょうが、病気をして、こじれ、親を傷つけてしまうまで、そのことに気が付くことができませんでした。

歯噛みするほど馬鹿です。思い出すと死にたくなります。

鍼灸学校卒業後も、実家に戻ってない理由も、母の顔をずっと見てると辛くなるからです。母は、それだけ傷つけた娘でも、傍にいてくれた方が良いと言ってくれるのですが…。



働くのは、自分のため。

家事をするのも、自分のため。

家を居心地よく整えるのも、自分のため。

鍼灸師の資格を取り、開業し、四年。

独りで暮らす生活に、去年ピリオドを打ちました。

そこでまた色んな気づきがあったのですが、それはまた別の話。



私は、病気をして、障害年金をもらうようになったことで、もしかしたら、時代を少しだけ先取りしたのかもしれないと思います。

生きるために働くんじゃなく、自分のために、人のために、働くようになって、「真人間」に近づくことができました。


ただし、ブラック企業で働いて擦り切れている人に、こういう話は逆効果です。

小学生時代の私のように、「逃げ出せない家というブラック企業」に勤めているときも、こういう話は聞く耳持てないはずです。

※両親ともに真面目で勤勉。子ども思いの良い親ですが、家(うち)はなかなかの火宅だったことを申し添えます。

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