『ナミビアの砂漠』河合優実の魅力~わからない自分、わからない人生~
画像(C)2024「ナミビアの砂漠」製作委員会
最後の方にイメージでカナ(河合優実)が焚き火の上を飛び越えるシーンがある。森の中で出会った隣のお姉さん(唐田えりか)に「なんか大変そうだね」、「大丈夫だよ」と言われ、「キャンプだホイ!」(作詞・作曲:マイク真木)の曲が流れるなかで、二人の女性は子供のように焚き火を何度も飛び越える。少女が焚き火を飛び越えるシーンは、ビクトル・エリセの『ミツバチのささやき』を思い出す。あの映画を山中瑤子監督が意識してこのシーンを作ったのか分からないが、この「キャンプだホイ!」の歌と河合優実の焚き火の上を飛び越えるシーンが印象に残った。カナがクリエイターのハヤシ(金子大地)と暮らし始めるなかで、少しずつ心が壊れていく。二人で取っ組み合いの大喧嘩をやっている最中での混乱したカナの脳内イメージのように思えた。
この映画はまさに河合優実の映画である。彼女の魅力が詰まっているのだが、いささか長く、カメラの距離が近すぎるような気がした。カナ(河合優実)の密着映画なのだ。近景ばかりで、息が詰まってくる。遠景(ヒキ)の映像がないのだ。遠景(ヒキ)は、カナがいつもスマホで見ていた「ナミブ砂漠」の動画にしかない。遠くからカナをヒキで見るようなシーンがない。カナの不安定な心をそのまま描こうとしている。それがこの映画の魅力でもあり、欠点でもあると思う。カメラはカナを突き放せないのだ。
カナ(河合優実)という女の子は、何を考えているのかよく分からない変な子であり、なかなか共感しづらい。優しく料理も作ってくれる彼氏ホンダ(寛一郎)がいながら、自信家のクリエイターのハヤシ(金子大地)と夜な夜な遊び回っている。ハヤシの「男と別れてくれ」の言葉に同意し、ホンダが出張先のススキノで風俗に行ったという謝罪の言葉を聞いて、そのままホンダの元を去ってハヤシと新しい生活を始める。ホンダにしてみれば、何も告げられずカナがいなくなり、見ていて気の毒になるほどだ。カナと再会して、道路に座り込んで泣き叫ぶ姿をカナは「変な人」と冷たく見ている。そんな薄情な女であるカナ。しかし、一緒に暮らし始めたハヤシとの関係も、次第に行き詰まっていく。鼻にピアスを開けて、ハヤシはイルカのタトゥーを入れて、刺激的なワクワクするような生活が始まるかと思っていたら、カナにとっての日常はまたしても鬱屈する日々だった。ハヤシが仕事でパソコンに向かい、かまってもらえないカナはストレスを溜めていく。脱毛美容サロンで働いていたカナだったが、「こんなところにいくら通っても、永久脱毛なんてできませんよ」とお客につい言ってしまい、店をクビになる。店で接客していた時の空疎な言葉が、次第にカナを空っぽにしていった。
最初の方で、カナと友人が死んだ友の話を喫茶店で話していると、隣の客の会話が聞こえてきて、友人の話をろくに聞いていない場面が描かれる。カナにとって、友人の相談も、優しいホンダの料理も、一緒に暮らし始めたハヤシの言葉も、彼女の心には響かない。そんな自分勝手で薄情な女でいながら、どこか憎めない魅力がカナにはある。それは彼女の身体性にあるのかもしれない。彼氏の元に行くために街を走る姿、宅配便が来て寝起きで着替える姿、ハヤシに悪態をついて暴力的になる姿、そんな河合優実の身体的な魅力から目が離せなくなる。
彼女の心がなぜ壊れていくのか、彼女の背景に何があるのか、彼女は何を考えているのか、映画では何も描かない。彼女自身でさえ分からないのだろう。簡単な理由で説明しないところがカナという人物を魅力的に見せているし、分からないけれどなんとか生きようとしている姿が生々しく見えてくる。ただ、カナとの距離が近すぎるような気がする。だから映画は長くなるし、モヤモヤとしたものだけが残る。自分でもどうにもならない思い。中国語の「ティンプトン(わからない)」という言葉が最後に繰り返される。「わからない人生」、「わからない自分」。そんな姿がそのまま描かれる。突然鼻血が出るところなんて、とてもいい。
2024年製作/137分/PG12/日本
配給:ハピネットファントム・スタジオ
監督・脚本:山中瑶子
製作:小西啓介、崔相基、前信介、國實瑞惠
プロデューサー:小西啓介、小川真司、山田真史、鈴木徳至
協力プロデューサー:後藤哲
撮影:米倉伸
照明:秋山恵二郎
録音:小畑智寛
美術:小林蘭
編集:長瀬万里
音楽:渡邊琢磨
キャスト:河合優実、金子大地、寛一郎、新谷ゆづみ、中島歩、唐田えりか、渋谷采郁、澁谷麻美、倉田萌衣、伊島空、堀部圭亮、渡辺真起子