『風ふたゝび』豊田四郎~快活に動き回る原節子~
原節子、池辺良、山村聰が主演という豊田四郎の1952年の東宝映画である。豊田四郎監督の作品はあまり見ていない。原節子は小津安二郎の控えめな嫁、未亡人のイメージが強いが、本作の原節子はなかなか活発で明るい。
香菜江(原節子)は、夫と別れて叔父夫婦の家に居候していて、最初はやや暗い。夫となぜ別れたのかは不明。うまくいかない人生。寒い冬、映画館の売店で働いていて帰ってくる。男を紹介しようかと炬燵で顔を寄せてくる叔父(龍岡晋)。父の精二郎(三津田健)は仙台の大学の教授。同じ列車に乗り合わせた実業家・道原(山村聰)が洗面台に置き忘れた10万円入りの財布を盗ったのではないかとの疑いをかけられる。上野駅で倒れた父の精二郎は、かつての弟子の宮下(池部良)の家に担ぎ込まれる。心配して駆けつけた香菜江。倒れた父の看病のため、宮下の家に泊まり込むことになるが、香菜江は宮下のことが次第に気になり始める。宮下は科学者への道を諦めて青果市場で働いていた。二人で銭湯に行ったりするシーンもある。
父のことが疑われたことに憤慨し、道原の会社を訪ねていく香菜江だったが、道原は香菜江のことをすぐに気に入ってしまう。香菜江が亡くなった妻にソックリなのだ。道原の友人たちがそのことを冷やかすが、菅原通済、十朱久雄などが出ていて、小津安二郎の映画の悪友たちを思い出す。道原の紹介で、ラジオ局(ラジオ東京)で働くことになった香菜江だが、とにかく忙しく走り回っている。訪ねてきた宮下(池辺良)に「5分だけなら時間があるわ」と言って楽しそうに動き回っている姿は、小津映画ではあまり見ない。結局、その夜は時間を作って2人で食事をするのだが、その原節子がとにかく明るい。池辺良も驚くばかり。ケラケラと笑ってよく話し、快活なのだ。2人が出会って、原節子は前向きになって働き始め、池辺良は科学の道をふたたび歩み出そうとする。
小津安二郎の『晩春』が1949年。『麦秋』が本作の前年の1951年、『東京物語』が本作の翌年の1953年。その2作の間に撮られた東宝の作品ということになる。1951年の黒澤明の『白痴』にも出ているし、同じ51年に成瀬巳喜男の『めし』にも出ている。同じ52年は千葉泰樹の『東京の恋人』という作品にも出ている。この頃、原節子はいかに引っ張りだこだったかが分かる。
物語は、実業家で立派なお屋敷に住む道原(山村聰)と若くて貧しい青年科学者の宮下(池辺良)の2人に求愛されて揺れ動く香菜江(原節子)が描かれる。着物姿で道原の家の手伝いに行く原節子も美しいが、洋服姿の快活な姿も魅力的。ラストは山村聰の求婚を振り切って、北海道で野菜の研究をする池辺良について行く。最初の場面と同じように列車の中で映画は終わる。追いかけて乗ってきた原節子が池辺良を見つけて二人は抱き合うのだ。
原節子の快活さを見る以外は、それほど特筆すべきことはない。カメラは原節子の実の兄、会田吉男。翌年、東宝のカメラマンであった会田吉男は助手の伊藤哲夫と共に列車に撥ねられ不慮の死を遂げる。『白魚』の御殿場駅での撮影中に原節子の眼前での事故だったそうだ。
1952年製作/88分/日本
配給:東宝
監督:豊田四郎
脚色:植草圭之助
原作:永井龍男
製作:本木莊二郎
撮影:会田吉男
美術:河東安英
音楽:清瀬保二
キャスト:原節子、池部良、山村聰、浜田百合子、三津田健、杉村春子、龍岡晋、南美江、御橋公、菅原通済、十朱久雄、村上冬樹