NHKドラマ『燕は戻ってこない』は素晴らしい構成と展開力だった!
素晴らしいドラマだった。そして見事な着地に感服した。
現代の最先端医療への問題提起、代理母出産というまだ日本では認められていない医療行為を題材にして、最先端生殖医療と結びついたビジネスの問題と人間の業とも言える欲望の深さと弱さ、その複雑な人間像を見事に描き切った。それはたぶんに原作者の桐野夏生の構成力、展開力に負うところが大きかったと想像されるが(原作は未読だが)、キャスト陣、映像演出などのクオリティの高さもあり、とても見応えのあるドラマになっていた。
前半は観ていてもツラくなるほどの格差問題で主人公の石橋静河を追い詰めていた。ぼろアパートの自転車置き場で自転車を少し蹴飛ばしたことで、住人の爺さんに因縁をつけられ、生活費もカツカツでまともな暮らしができない日々。暗いアパートの室内の照明と稲垣吾郎たちの暮らしの光の対比も計算されていた。友人の伊藤万理華が会社の屋上で軽い感じで卵子提供でお金がもらえる話をする。さらに自分のバレエダンサーとしての遺伝子を残したいという優生思想ともつながる稲垣吾郎とその母の黒木瞳の傲慢さが圧倒的で、前半は対立のハッキリした社会的強者と弱者の構図になっていた。
ところが中盤、石橋静河が故郷の北海道の北見に里帰りして、代理母出産の契約がありにもかかわらず、昔の不倫男(戸次重幸)やホスト男(森崎ウィン)と性的関係を持ってしまったあたりから、俄然ドラマに深みが出てきて面白くなった。生活的弱者で自らの女性としての身体をお金に換えることで、まともに生活ができるようになりたいと思っていた石橋静河が、稲垣吾郎の身勝手なメールに腹を立てて反乱を起こしたのだ。そして妊娠はしたが、誰の子どもか分からないカオスな状態になり、強者と弱者の構図が崩れていく。
特に妻役の内田有紀の心の揺れ動きが見事に描かれていく。女性の味方として石橋静河に寄り添う気持ちと、血縁という親子関係から除け者にされた疎外感。一時は稲垣吾郎との復縁を拒否し、このカオスから逃げ出そうとしていたにもかかわらず、赤ちゃんが産まれた姿を見てから、ガラッとその態度を豹変させる身勝手さ。そんな心の揺れを見事に演じていた。黒木瞳の母親の言われるがままだった稲垣吾郎も変化していく。バレエ教室での生徒の母親には「遺伝子や素質など関係ない。バレエをすることの歓び、価値が大事だ」と言ってみて葛藤し、誰の子でも育てるという遺伝子に囚われない父親としての覚悟を得るまでの心の変化が描かれる。あるいは部外者でありながら生殖機能と性的歓びを分けて考える春画アーティストの中村優子の存在など、それぞれの人間像が一面的ではなく、状況の変化によって刻々と変わっていく人々が描かれていく。そして双子という設定にしたことで、見事な終わり方にした構成と展開力に感心してしまった。
回を追うごとに二転三転する登場人物たちの変化、欲望や倫理との葛藤、人間的な弱さや傲慢さ。そして誰の子だか分からなくなったことで、その混乱をどう切り抜けるのか、まさにそれぞれの人間性が剝き出しになっていく。
稲垣吾郎と内田有紀夫婦はすっかり富裕層の夫婦に逆戻りし(子供に風船を取ってあげて歩くシーンも見事)、彼らの名づけた立派な名前とは別に、自らのお腹の子どもを童話の絵本「ぐりとぐら」にちなんで、双子を「ぐり」と「ぐら」と呼ぶ石橋静河のせつなさ。その名づけの仕掛けが見事にハマっていた。演出陣に映画監督の山戸結希 の名前があった。
原作:桐野夏生 「燕は戻ってこない」
脚本:長田育恵
音楽:Evan Call
演出:田中健二 / 山戸結希 / 北野隆
キャスト:石橋静河、稲垣吾郎、森崎ウィン、伊藤万理華、朴璐美、富田靖子、戸次重幸、中村優子、内田有紀、黒木瞳