『アジアの天使』石井裕也~ヘンな天使に出会う韓国ロードムービー~
画像(C)2021 The Asian Angel Film Partners
石井裕也監督が、韓国人スタッフ&キャストとともにオール韓国ロケで撮った2021年の作品。韓国でのロードムービーである。
ひとり息子の学を持つ青木剛(池松壮亮)は妻を病気で亡くし、疎遠になっていた兄の透(オダギリジョー)が暮らすソウルへ渡る。兄からは「韓国で仕事がある」と言われていたのだが、剛の期待とは違い、兄はちょっと怪しい韓国化粧品を韓国人と一緒に売りさばいていた。しかし、その相棒の韓国人に裏切られ、金も奪われ仕事をなくし、途方に暮れる。「わかめ」を売れる場所があると適当なことを透が言い出して旅に出る3人。剛は韓国語がまったく出来ないし、息子の学も同じだ。オダギリジョーは軽口で軽薄な男を演じており、すべてが行き当たりばったり。弟役の剛(池松壮亮)とは正反対。剛は小説家でシャイ。思うことをストレートに言葉に出来ずに悩む。剛はソウルのスーパーで一人の歌手と出会う。誰も聞いていないようなステージで寂しく歌うチェ・ソル(チェ・ヒソ)は、所属事務所の社長と性的関係を持ちながら、仕事や家族との関係について悩んでいた。そんなソルが一人涙するのを偶然見る剛。ソルには、兄(キム・ミンジェ)と公務員になろうと試験勉強している妹(キム・イェウン)がいて、二人を食べさせながら一緒に暮らしていた。ソルは、所属事務所の社長との関係で傷つき、ソウルの橋のたもとで天使の姿を見るのだ。天使の羽がその場所に落ちていた。父母の墓参りをしようと旅に出た兄と姉妹の3人は、列車の中で剛と透の兄弟と学と出会う。そして実は、剛と透の兄弟もかつて天使を見たことがあり、天使に肩を噛まれたという不思議な経験を持っていたのだ。
当てもない旅を続ける兄弟と両親の墓参りに向かう兄姉妹。軽薄な透(オダギリジョー)が美人のソルを口説こうとして一緒の駅で降り、なんとなく一緒に旅をするようになる。剛もまた泣いていたソルと偶然再会し、ソルのことが忘れられなくなっていたのだ。ロードムービーはみんなで一緒に墓参りしたり、叔母さんの家に泊まったり、なんだがダラダラと続く。事務所社長がソルを迎えに来てケンカになったり、剛とソルが少しいい感じにになったり、息子の学が突然いなくなったり、いろんなことが起こるが、劇的なことは起きない。ソルの兄も最初、韓国人と日本人との距離を感じていたが、次第にその距離もなくなっていく。これからどうしていいのかよく分からなくなっているものたちが、集まってダラダラと旅をするのだ。剛は妻が胃癌になったことを気づかずに死なせてしまった苦い過去を持つ。ソルが突然お腹の痛みを訴え、剛は必死になって病院を探す。ソルの母もまた胃癌で死んでいたのだ。大切な人を死なせてしまった同じような喪失感を抱える家族。
そして最後にソルの前に天使が再び現れるのだが、それが奇妙なおじさんの天使なのだ。西洋の美しいイメージではない、陳腐なアジアの天使。おじさんでしかない芹澤興人が白い天使の羽をつけて浜辺に立っているのだ。なんとも変な話だ。「いろいろと間違いを犯してきたから、私にはこんな天使しか見えないの?」とソルは戸惑う。そのことが逆に、「これから自由に、好き勝手に、どう生きてもいい」と開き直るキッカケになる。
変な旅の映画だが、なんだか奇妙な面白さがある。美しいイメージ通りの天使ではなくて、おじさんの冴えない天使が現れるなんてなんとも奇妙だ。「奇跡」ではあるのだが、神様からのお告げやメッセージというよりも、ヘンな天使を見た共通の価値観、ともに信じ合える人との出会いの方が大事なのかもしれない。奇妙でもヘンでもいい。人生は自分でなんとかするしかないのだ。そんなことを旅をしながら人と出会い、感じ取る映画だ。冬の韓国の冷たい風、寒さを感じる映画なのだが、関係が温まっていくのがいい。
2021年製作/128分/G/日本
配給:クロックワークス
監督・脚本:石井裕也
エグゼクティブプロデューサー:飯田雅裕
プロデューサー:永井拓郎、パク・ジョンボム、オ・ジユン
撮影監督:キム・ジョンソン
音楽:パク・イニョン
キャスト:池松壮亮、チェ・ヒソ、オダギリジョー、キム・ミンジェ、キム・イェウン、佐藤凌、芹澤興人