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『パーフェクト ワールド』クリント・イーストウッド~疑似親子のロードムービーのような逃走劇~

写真:Album/アフロ

脱獄犯と人質少年との脱走&追走劇なのだが、のどかなロードムービーの趣きさえあるヒューマンな作り。脱獄犯ブッチにケビン・コスナー。それを追う州警察署長レッドにクリント・イーストウッド。子役のフィリップ(T・J・ローサー)がいい。

アラバマ刑務所から同じ囚人のテリー・ピュー(キース・サセバージャ)と脱獄したブッチ(ケビン・コスナー)の二人はある家を襲って少年を人質にして車で逃走。途中、少年に危害を加えようとしたことでブッチはテリーをトウモロコシ畑の中で射殺した。凶悪犯とイーストウッドの追走アクション劇なのかと思ったら、ちっともアクションなど起きない。なにしろレッドたちが追いかける車が、知事が選挙でのアピールのため作った銀色のトレーラーを牽いた車。捜査本部にもなる知事自慢のトレーラ-では、カーチェイスなど出来そうもない。犯人の車とすれ違ってUターンして追いかけても、トレーラーと車がバラバラになり森に突っ込む始末。イーストウッドは、焚き火でステーキを焼きながら応援が来るのを待つばかり。のんびりとしたものだ。トレーラーに乗り込んだFBI捜査官が、犯罪心理学者のサリー(ローラ・ダーン)を口説こうとしてイーストウッドが怒る場面まであり、追跡する緊迫感はまるでない。

少年の母がエホバの証人の信者のため、少年はハロウィンにも参加出来ず、綿菓子も食べたことがないし、カーニバルに参加したこともない。そんな特殊な環境で孤独な8歳の少年をブッチは可愛がり、一人前の男として接する。自らの不幸な生い立ちの過去に少年を重ね、少年に「やりたいことリスト」を紙に書かせる。ハロウィンやローラー・コースター、宇宙ロケットに乗り込むことなど。途中でベッドを借りて朝食までご馳走になった黒人家族の父親が息子を殴るのをブッチは見て怒り狂う。父親に殴られ続けた過去が、彼を殺しに駆り立てる。その殺しを止めさせようと、少年が拳銃でブッチを撃つ。ブッチと少年は誘拐犯と人質の関係ではなく、相棒のようにをしていたのに悲劇が起きる。

腹を打たれて木の下で仰向けに倒れるブッチを心配そうに見守る少年。その二人を警察がライフルを構えて包囲する。イーストウッドが銃を置いて丸腰で、ブッチと少年と話しに行く。しかしFBIはブッチのちょっとしたアクションで発砲し、ブッチは撃たれて死ぬ。ブッチは、アラスカにいる父親からの絵はがきを少年に手渡そうとしていただけなのに、銃を出そうとするアクションだと誤解されたのだった。ラストはヘリから見下ろす少年の目線。草原に横たわるブッチの俯瞰ショットが効果的。

脱走犯のケビン・コスナーと少年とののやり取りがいい。「父親がろくでなしであることが共通だ」と少年に言うブッチ。父親不在の寂しさと孤独。暴力的だった父親への反発と、歳を重ねて許せるようになった父親との再会の希望。それが父からのアラスカの写真ハガキで表現。少年のハロウィンのお面、「お菓子ちょうだい」と少年に言わせるブッチの気遣い。疑似親子関係とも言える二人がなんともせつない。

この作品でイーストウッドは刑事でありながら一発も銃を撃たない。最後は銃を自ら置く。その代わり、何度か少年が銃を構えて相手を狙うシーンが繰り返される。そこに人を殺すかもしれない緊張感、サスペンスが生まれている。銃を撃たないことで生まれるサスペンス。その銃を構える行為の繰り返しで、最後にブッチを撃つ悲劇が生まれる。イーストウッドは脇役に徹し、アクションを封印して、失った過去を取り戻そうと少年の未来に託す犯罪者の人間ドラマを描いた。


原題または英題:A Perfect World
配給:ワーナー・ブラザース映画

監督:クリント・イーストウッド
脚本:ジョン・リー・ハンコック
製作:マーク・ジョンソン、デビッド・バルデス
撮影:ジャック・N・グリーン
美術:ヘンリー・バムステッド
音楽:エニー・ニーハウス
編集:ジョエル・コックス、ロン・スパング
キャスト:ケビン・コスナー、クリント・イーストウッド、ローラ・ダーン、T・J・ローサー、キース・ザラバッカ、レオ・バーメスター、ポール・ヒューイット

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