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悪性リンパ腫治療雑記②

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悪性リンパ腫治療中の雑記を主にまとめています。
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記事一覧

~職場復帰と体力の関係~

退院してまず意識されるのは、やはり仕事のことである。 様々な考え方はあると思うが、人が生きていく上で『仕事』はなかなか切っても切れないものであるというのが、多くの人の中にあるのではないかと考えている。 SNS上で目にするのは、病気になって仕事を離職せざるを得ない人や、病気によって復職がなかなか叶わない人、自分の意志で独立した人…と様々である。 私は会社の厚意によって在籍を何とかさせてもらっている立場ではあるのだが、改めて現在の就業環境について簡単であるがまとめておこうと

~「次の桜が見れない」の意味~

タイトルの示す意味は、多くの人が推察されることと思う。昨年末よりずっと考えながら、まとめきれない内容があった。 このNoteの「さいごに」にて今後まとめようと思っていたものが、結果的に自分の言葉として一向にまとめられなかった。私の力不足でもあり、結論に納得できないこともあり…。 ただ、中途半端を残すことへの自責もあるが、生きているうちに…ということを改めて思ったので公開することにした。 YouTubeより拝借しているが、この数分間の間に自分も含めた病人と重ねて考えること

~…私は、やっぱりこの病院が大嫌いだ~

大学病院に入院して、数週間が経過している。いい人もいるのではあるが、感情的には今すぐにでも帰りたい。 なんというか…作り上げられた「文化」が根本的に私とは合わない。その文化で醸造された人材も、やはり私と合わない。 気にしなければいいのではあるが、黙っていてもそれはそれで絡まれるので質が悪い。 …一体どうしろと言うのか? 私の基本スタイルは『受け潰し』にある。戦国時代的に言うと、他国を攻めて領土を拡大する野心はないが、現在の自己の領土を踏みにじるモノには徹底的にいく…み

~入院中の食事の苦悩~

今回は『入院中の食生活のコントロール』について少し書いていきます。普通にしていても人の味覚はそれぞれですし、治療中の方や特に味覚障害が起きている方は特に食事に気を遣うことになると思います。 先に結論を書くと「何が正しいのかなんてない」なんて答えになります。食べ過ぎれば「良い」と言われるものも体に毒ですし、「悪い」と言われるものも適量であればOKというケースもあります。 世の中には食に関して色々な情報が出回っており、時代によっては肯定されていた食生活が否定されることもあるわ

~過去の私との会話⑥~

今回のNoteで、数か月間に及んだ私の入院時の殴り書きのメモの取りまとめが終わる。 全てをまとめられたわけではないが、自分を客観視して第三者的に話をまとめてみるとまた違う感情が現れる。 どうしても一人で入院している時は主観的かつ感情的なメモが多かったが、今の自分と会話させてみると多少冷静になることも出来る様である。無論、感情として隠せない部分も多いのであるが。 治療の方向性もまだ明確ではない点も多いので、書ける環境下にある限りは私の生存記録としてNoteは続けていこうと

~過去の私との会話⑤~

限られた空間の中で、限られた人としか会話をしていないと思考が凝り固まりがちになる。自分はそれを嫌と言うほど知っているからこそ、意識して自分の思考を散らかそうと努力している。 だが、個室で歩けない状態が長く続く中で毎日毎日同じ様なことを考えさせられると頭がおかしくなりそうになる。 「自分がそんなにおかしいのだろうか…?」 そんなことを考えてしまっていたことも、殴り書きから感じることになっている。今だから言えるが、おかしいのは明らかに私ではない。 コミュニケーションの土台

~過去の私との会話④~

「孤独が生産性を高める」という話もあれば、逆に「他人との会話の中でアイディアが産まれる」という話もある。 一見相反する内容に見えるが、どちらか一方を支持すると苦しくなるので両方を取り入れる必要があると思う。 病室かつ家族や知人と遠く離れた場所…という限りない『孤独』の中で残した殴り書きであるが、数ヶ月後に自分との会話に活かされているというのも不思議なものである。 自分のことをそのまま考えると、どうしても視野が狭くなりがちになる。小さなことでもこの世の終わりの様に感じてし

~過去の私との会話③~

メモは殴り書きで、その都度残していたものなので基本的には関連性が無い。その時に率直に感じたことを自由に書いていたりする。 イロイロと眺めているうちにある程度同じことや似たことも考えているのは、もちろん思考している人が一緒ということもあるが、繰り返し思うことだからなんだと思う。 今回のまとめは自分の治療や体調に関わることが多いのであるが、現在にも通ずるところは大いにある。 新しい学びと共に、自分の考え方をある程度揺るぎないものとするためにしっかりとまとめていきたい。 ▼

~過去の私との会話~

大学病院から退院して2ヶ月が経過しようとしている。体調の方は良くも悪くも進展は見えない。 その間の最も大きな出来事と言えばやはり『再発』になるかと思うが、そこで立ち止まってばかりもいられない。 入院中も今も日々色々なことを考える。 最近は入院中に書いたであろう苦しみと共に殴り書きしたメモ等を見つけて、またイロイロと考えることになっている。 新たな発見や気持ちの整理に繋がるかもしれないので、しばらくはその辺りをNoteにまとめてみようと思う。 …何かしないと、人生のロ

「明日世界が滅亡しようとも、私はリンゴの木を植える」…のだろうか?

例の私とTwitterで知り合えた若い女性との宿題も、これで終わりになってしまいます。 …次の宿題を果たしてもらえるのでしょうか?笑 今回は宿題の中で、私が一番考えたテーマになります。 元々英語訳を考えた上で検討しなければいけなかったので、解釈が複雑に入り混じった形になって迷宮に入りました…。 ただ、その迷宮をなんとか抜け出そうと様々な解釈を整理して言った結果、自分なりにまとめることができたので、こちらでご報告させていただきます。 「この言葉はルターの言葉ではない」と

「愚か」と悟れば賢者となるか?

今回もTwitterの推しの若い女性からお題である。 考えている(病気の不安以外を)時間に自分は生きがいを感じるし、答えがないからこそやはり面白い。 生きている実感は人それぞれであるが、自分はベッドで寝ているだけで「死」を待つことには、どうやら耐えられないタイプの人間だということをここ最近で改めて認識できる。 ▼ お釈迦様とデカルトの思想を自分なりにお釈迦様の言葉に、愚か者が「私は愚か者である」と知れば、それはすなわち『賢者』という考え方がある。 デカルトの「無知の知

『共通善』とは

「急にどうしたのか…?」と思われそうな表題ではあるが、Twitterで私の推しの若い女性からお題を頂けたので、ウキウキしながら病室で考えたテーマである。 宿題は全部で3つも貰えたのだが、いずれも深くて考えさせられる。 浮かれた気分と真逆に、その女性は元々思慮深い方だと思っていたのであるが、予想はしっかり当たっていてとても楽しい時間を過ごしている。 やはり考えている(病気の不安以外を)時に自分は生きがいを感じるし、答えがないことだからこそ面白いと感じられる人間なんだと実感

検査と現状

転院に向けて様々なことが進んでいる。 一方でそれは全てが予定通りにはいっておらず、環境の変わる難しさを感じることとなっている。 今回の話は転院における難しさと。前処置を行う段階においての検査について少し書いていこうと思う。 ▼ 前処置前に行われている検査転院先の病院からの依頼を受けて、転院前の病院で様々な検査が行われた。心臓エコーに始まり、胃カメラに大腸カメラ、造影剤CTに呼吸器の検査。 これは抗がん剤投与を行う前にも行われた検査であり、転院後も様々な検査を行われる旨

「自分のことなんだから聞いた方」がいいとは言うけれど…

知識を持っている人ともっていない人の『隔たり』というものは、この世の中にはたくさんある。 とても当たり前のことであるが、私のような「患者」と「医師」の間には『医学』という点での乖離というのはもちろんあるし、「金融機関の人間」と「一般人」では『金融知識』に当然差がある。「料理人」において「一般人」との『調理の能力の差』はもちろんである。 こういった形で、世の中には『知識や経験の隔たり』というものがありとあらゆる方面で溢れている。 今日はなぜこんな話をしているかというと、今