第15回: 中国は「植物性食」大国へ
2020年9月30日掲載
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大の影響で、環境を食の面からも見直そうという機運が世界中で高まっています。パンデミック(世界同時流行)の震源地となった中国もその例外ではなく、「食べ残し禁止キャンペーン」でフードロス(廃棄される食べ残し)を減らそうとする試みも始まりました。それと合わせて広がっているのが、植物性食品です。今月は、拡大している植物性食品市場においても急速に存在感を増している中国について考察します。
肉食大国の憂鬱
中国は肉食大国であることで知られています。世界全体の食肉消費の約3割が中国で、豚肉にいたっては約5割を占めています。牛、豚、鶏肉の生産が盛んであることに加え、近年の所得向上によって食肉消費はおおむね増加傾向にあります。
旺盛な国内の需要に対して中国政府は、輸入に頼らない国内での供給体制を整備してきました。その結果、輸入比率(2013年)は牛肉6.8%、豚肉1.4%、鶏肉1.8%と、ほぼ国内で需要を賄っています。
しかしそれは、環境問題に敏感な諸外国の目には、環境負荷が大きい畜産業を過大に振興していると映ります。そのため中国は、環境汚染を進め、食肉不正事件や鳥インフルエンザを引き起こし、ついには新型コロナウイルスを拡散させたと、海外から批判されるようになってしまいました。近年、中国企業は世界各国で食肉関連企業を積極的に買収しました。それに対する批判が、思わぬ伏線になっているのかもしれません。
植物性食品を普及させる中国の狙い
こうした海外からの批判を受けながらも一方で、中国は健康問題という点から食肉文化の見直しを検討してきました。16年に中国政府が国民へ向けて発行した食事のガイドラインによると、「1日当たりの食肉の消費量は40~75グラムが最適」としていました。実際の平均消費量は170グラム程度といわれているため、政府は国民の肉食を半減させることを念頭に置いていると考えられます。
肉食を半減させるための代替案として浮上したのが植物性食品です。図の左は植物性肉市場の上位5カ国の市場規模を、図の右は各国市場の年平均成長率を示しています。最大の市場はダントツで米国です。続いてドイツ、英国、中国、イタリアで、中国以外の欧米諸国は概ね年平均4~6%の堅調な成長が予想されています。
現在2位はドイツですが、中国の方が成長は速いため、まもなく中国は米国に次ぐ規模の植物性肉市場になると考えられます。
中国が14年から10.3%という高い成長率で市場を拡大させてきたのは、環境問題に関する批判をかわしながら、国民の健康問題を考え、そして拡大している市場への影響力を発揮しようとしているのではないかと考えられます。
それは植物性食品という未来の産業への関わり方からも見て取れるからです。
フードテックは重要な国家戦略
フードテックとは一般的に食の問題を解決するテクノロジーをいいます。日本でフードテックというと生産性向上や持続性改善に貢献する設備やサービスが注目されがちですが、中国はじめ世界では食べもの自体を開発するテクノロジーに大きな期待が寄せられています。
代替プロテインとしての植物性肉、培養肉、昆虫食などはその代表格で、近年IT分野で世界を席巻してきた中国にとっては、「14億人の食の課題」を解決する次なる重要な分野として捉えているのです。
その一環として中国政府は、今年7月に植物性肉や畜産業に係る中国企業による外国への投資を奨励すると発表しました。増加を続ける肉食需要に対して従来の食肉に植物性肉を加えることによって、国民に新しい食文化を定着させようとしているのです。
また逆に、外国企業による中国への投資を積極的に受け入れ、上記の奨励策の発表と同じ今年7月には、世界最大の食品メーカーであるネスレ社(スイス)がアジア初となる中国での植物性肉工場への投資を決定し、年内に供給を始めると発表しました。
また大手飲食メーカーによる植物性食品の導入も進んでいます。今年だけでもスターバックス、KFC、HEYTEA(チーズティーが人気の中国ブランド)が植物性肉を使った商品を売り出し、肉食であるはずの国民から好評を得ています。こうした動きは日本よりも格段に早く、また国家が重要戦略と据えている点で取り組むスケールが違うと感じます。
インバウンドの観点からすると、訪日客のトップは中国人訪日客です。その彼らが植物性食品を日本で求めるようになると、日本はどう対応すべきでしょうか。もちろん日本古来の精進料理という手もありますが、中国でバラエティー豊かな植物性食が広がっていることを考えると、精進料理では満足してもらえないかもしれません。
従って、隣国に大国をもつ「美食の国」日本にとっても、植物性食品は大きな可能性を秘めていることは間違いありません。外圧から変わる日本のフードテックにも期待したいところです。
掲載誌面: https://www.nna.jp/news/show/2099454