第5回: ベジタリアンにも認証が必要か
2019年11月27日掲載
今月、日本で超党派の議員による「ベジタリアン/ヴィーガン関連制度推進のための議員連盟」(ベジ議連)が発足しました。来年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、ベジタリアンやヴィーガン(動物性食品を食べない人)の訪日客を受け入れる環境を整えることを目的にしています。具体的な施策の提言を目指して議論が始まりましたが、早くもベジタリアン・ヴィーガン表示の基準や認証制度の導入が取り沙汰されています。認証といえばハラール認証が過去数年、百家争鳴で混乱していることが知られていますが、ベジタリアン・ヴィーガン認証は実現するでしょうか。
ベジ・ヴィーガン訪日客は200万人程度に
世界中にベジ・ヴィーガンが果たしてどれくらいいるのか正式な統計はありませんが、各種アンケートや調査結果からおおよその数字は把握できます。チャートはその一つで、過去2年の訪日客のうち、ベジ・ヴィーガンがどのくらいだったのかを推定したものです。日本政府観光局(JNTO)が発表した訪日外客数と地政学や人口動態に詳しいカナダのメディアが調査したデータから作成しました。
それによると、訪日客のうち最も多かったのは台湾、次いでインド、米国、英国、オーストラリアであったことが分かります。ベジ・ヴィーガンが多いとされている11ヵ国で合計83万人ですので、2018年時点で推定100万人以上は訪日していたと考えられます。政府は20年の訪日客4,000万人を目指しています。ベジ・ヴィーガンは世界人口の5%とする報道もありますので、来年は200万人のベジ・ヴィーガンが訪日するのかもしれません。
5%というと少なく感じますが、ムスリム(イスラム教徒)訪日客はすでに150万人以上で、20年に200万人が見込まれていると考えると、これら食の多様性をもった訪日客は400万人近くと、全体の10%に至るとも考えられます。10%となると、それぞれの団体客のうち数人は該当する可能性が高くなります。食事をする際にはそうした人に合わせて店舗が選ばれる傾向にありますので、少数派を軽視すべきではありません。事実、ハラール(イスラム教の戒律で許されたもの)に対応した飲食店から「ムスリムが1人いたので20人の団体客予約を取れた」といった報告が当社にあることも珍しいものではなくなっています。
ベジタリアン認証は必要か
先述のベジ議連は環境整備の中で、認証制度の導入も検討しています。日本の飲食店で頻繁に使われる魚の出汁や豚脂であるラードといった動物性のものを間違って混入させないようにとの考えからです。「ベジタリアンカレーという商品名なのに、ベジタブルが多く入った動物性由来成分のカレーだった」や「野菜だからと注文したホウレン草に鰹節が載っていた」といったありがちな間違いを防ぐことが期待されます。
インバウンドの食の認証というとハラール認証が知られています。ムスリムが多いマレーシアからの訪日ビザの緩和が始まる直前の12年頃から日本でも注目されました。日本人には馴染みのないムスリム客を迎えるにあたって、それは大きな武器になると期待され、各地で開催されたセミナーには食の事業者が詰めかけました。世界18億人ともいわれるムスリム市場へのパスポートを得ようと列をなしたのです。それから7年。今ではハラール認証に関するセミナーは激減したとともに、「ハラール=難しい」というイメージがすっかり定着してしまいました。
こうしたハラールに対するいくぶん誤ったイメージが広まった理由は3つあります。第一にハラールへの理解を難しくしてしまったこと。第二に費用対効果を出せなかったこと。第三に数ある認証団体を統一できなかったことです。
まず理解を難しくしたというのは、多くの認証団体がハラールを特別食扱いしてしまったことです。「ハラールとはインバウンド事業者にとってはムスリムに対する食の作法の一つである」という正しい認知の浸透から始めるべきだったのに、「ハラール認証が世界でいかに厳格に運営されているのか」という教育から始めたため、事業者の心理的ハードルを上げてしまったのです。これはいまだ根強く残っており、結果的に事業者の多くは初めから認証取得を目指して挫折し、ハラール対応に及び腰になってしまいました。認証取得は目標にしながらも、できるところから始めればよかったのです。
次に費用対効果。これは認証取得にかかるコストが大きいということです。多くの事業者にとってムスリム客は未知のお客様です。対応したからといって必ず買って下さる、来店して下さるという保証はありません。そうなると場合によっては設備投資が先行したり従業員の雇用が必要になったりと、見えないお客様をお迎えするための投資がかさむことになります。まだ結果が出ていないのに認証の更新時期にまた費用が発生する。そうしている内に費用対効果は見込めないと判断して認証を取り下げるといったケースが続出しました。
三つめの認証団体を統一できなかったのは、政府によるところが大きかったと思います。政教分離を理由に所轄官庁を決めなかった結果、ハラール認証団体が乱立してしまいました。各団体が「我こそは」と主張し合うところに海外認証機関と各国政府の思惑も絡んで、もはや収拾がつかない事態になっています。事業者はどの団体を信用したらよいのかと、ハラール認証に対して疑心暗鬼になっているのが実状です。ベジ議連の会合には全国からベジタリアン・ヴィーガンの関連団体が出席しています。「ベジ認証は必須だ」という意見から「判断材料を示せば認証は不要」といったものまで、活発な意見交換がなされています。ハラール認証の経験を踏まえ、建設的な議論を期待したいと思います。
特別食扱いではなく前向きなオプション扱いを
認証制度に関する議論では、何を基準にするか、どう運営するかといった提供者側の目線になりがちです。ハラール認証での顛末がそうであったように、まずは消費者の立場に立って本当に何が求められているのか。どこまで対応すれば選んでもらえるのかという消費者目線に立つことが重要であることを指摘しておきたいと思います。「認証がなくても判断材料があれば選択できる」という消費者は多いのです。一方で、事業者側にとっても認証制度への対応は容易ではありません。ハラール認証に対するアレルギーが消えていない今の状況では、次はベジ・ヴィーガン認証といっても対応できないでしょう。「また別の認証か」と検討する前に嫌悪感を感じてしまうかもしれません。
ではどうすればよいのでしょうか。それは完璧を目指さずできることから始めることです。海外でのレベルを求める消費者にはしばらく我慢していただくしかないのですが、ベジ・ヴィーガン対応する事業者を増やすためには、段階的に進めていくしかありません。認証取得を最終ゴールとして見据え、まずは一品から始めることです。一店舗に一品あればエリア内では数十品になります。数十品あれば訪日客のストレスも軽減されるでしょう。対応する範囲(数品なのかメニュー全体なのか)、レベル(ニーズに数種類あり)、フェーズ(品数を増やすタイミング)を考えて、お客様の反応を確認しながら計画的に進めると、最終的に認証取得を考えるようになると思います。
対応を始めるに際して、ベジ・ヴィーガンを特別食扱いしないことも重要です。ハラールでも同様ですが、「木は森に隠せ」の要領で、ベジ・ヴィーガンではないお客様にも選んでもらえる工夫が重要です。ベジ・ヴィーガンは増えているとはいえ、比較するとそうではないお客様の方が圧倒的に多い。それであれば、そうしたお客様にも選んでいただけるよう、前向きな選択、例えばオプションやヘルシーチョイスといった表現でアピールすると、「特別食」というイメージを薄められるでしょう。
来月はそうした特別食感をなくしたベジ・ヴィーガン対応の事例をご紹介します。
掲載誌面: https://www.nna.jp/news/show/1976447
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