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美術館でこどもが泣いた。

先日、一人でとある日本画の美術展へ行った。
そこにまだ若いお母さんと3歳くらいの女の子が手をつないで入ってきたのだが、薄暗い室内に足を踏み入れるや否や女の子はずてっと転んでしまった。

女の子は特に泣きはしなかったものの、以降、お母さんの気が張っているのがひしひしと伝わった。
第三者の私からは何の気にもならなかったが、もしかしたら女の子が「つまらないよ」「早く行こうよ」とでも言ったのかもしれない。
お母さんは女の子の両肩をつかんで小さな声で戒め、最終的に手を引いて展示室を出て行ってしまったのだった。
女の子は「ちがう、帰りたいんじゃない」といったようなことを訴えながらべそをかいていた。

我が家のはなし

実は私にも似たような経験がある。

当時4歳の娘を連れて、新宿の美術館へ絵本の原画展を見に行った。
お昼前だったので「ごはんを食べてから行く?」と娘に聞いたが、「絵を先に見る」と彼女は答えた。

美術館につくと、展示室の前のショップにぬいぐるみが置いてあり、娘はそれを欲しがった。
「展示を見てから決めようね」と半ば強制的に展示室へ向かった。

ごはんを食べてから行けばよかったかもしれない。
ぬいぐるみを買ってやればよかったのかもしれない。
電車の移動が疲れたのかもしれない。
慣れない都会を歩くのが緊張したのかもしれない。

たぶんそのすべてが娘の中で溢れてしまったのだろう。
娘は絵を一瞥して「つまらないつまらない」と文句を垂れはじめ、私に「しっ」「静かに」と叱責され、最終的に「わーーーーっ!」と大声で泣いてしまったのだった。

当日は美術館側が設けてくれたファミリーデーで、こどもも話し声もウェルカム。
けれども娘の泣き声はあまりにも大きくて。私は娘を抱えて足早に展示室を通り過ぎ、横目にゴッホのひまわりを焼き付けてからそそくさと美術館を出たのだった。

駅に着くまでもなんやかんやあったのだが、やっとのことで駅ビルの屋上でジュースを買って渡すと娘は相当のどが渇いていたのだろう、一気に飲み干した。そして落ち着いたかと思うと涙ぐんだ声で「ママ、わがまま言ってごめんね」ということばを必死に絞り出したのだった。

「わがまま言ってごめんね」

そのことばを聞いて、私も泣きそうになってしまった。
こどもにそんなこと言わせたかったわけではないのだ。
ただ、私は美術館に行くのが好きで、比較的こどもも楽しめそうな展示を選んで娘と見に行って、娘も楽しんでくれたらうれしいなと。ただそれだけだったのだが、それが私のエゴだったのだ。
わがままを言ったのはきっと私の方なのだ。

私の好きなものは、娘にとって苦痛でしかなかったし、自分の好きなものを子どもに否定されたような気がして悲しかった。

兎にも角にもこの件は結構な私のトラウマになった。

「はじめての美術館ー赤ちゃん・小さい子どもと美術館を楽しむヒントー」

そんなことを思い出していた矢先、三重県立美術館さんの公開している動画が目についた。
赤ちゃん・小さい子どもと美術館を楽しむヒント」…

動画では「野外彫刻を楽しもう」「自分と子どものコンディションを整えてから」「大人も笑顔で」など、こどもと美術館を楽しむ様々なヒントを教授してくれる。

いやもう本当その通りだな、と思った。
こどもがある程度大きくなるまでは、どうしても工夫が必要だ。

なかでも「欲張らず、1つか2つ、好きな作品と出会えたらOK」は共感しすぎて笑ってしまった。(先のゴッホの件もそうだw)
2歳の息子を美術館に連れて行ったときには、「ベビーカーはイヤ。抱っこもイヤ。歩く」とのことだったので、とにかく走りださないようにだけ気を付けて手を引いて歩いた。彼にとってその時間は鑑賞ではなく「歩く」の延長線上だったので立ち止まることは許されない。
「あ~、あの画家の作品があるな」「もっとよく見たいな」と思うも入り口から出口まで一直線に歩いて終了。
高くついた散歩だったが、確かに1つだけ「ブリロ・ボックスの前を息子とてをつないで歩いた」という実績を解除できたことは良かったと思う。

続・我が家のはなし

かのトラウマ以降、こどもを連れて美術館に行くのはなかなかの恐怖対象になっているのだが、一度、友人親子といっしょに岡本太郎の展示を見に行ったことがあった。
同世代の子と一緒だったのが良かったのか太郎さんパワーがウケたのかはわからないが(都会ではなく緑地の中だったのも良かったと思う)、なんと「太陽の塔だけは好き」とのことで岡本太郎関連の展示には付き合ってもらえるようになった。

先の動画にもあるのだが、こどもとの美術鑑賞は「定点観測」。
その日がダメでも時間をおいてまた訪れた際は、こどもの成長によって何か感じてくれる時が来る…かもしれない。

捨てられなかった美術鑑賞

母親になって、いろんな趣味を捨ててきた。
唯一捨てられなかった…というか、拾い戻した…というか、…なのが美術鑑賞だ。

かねてよりアートのアクセシビリティの悪さは気になっていたので、三重県立美術館さんの「美術館のアクセシビリティ向上推進事業」本当に素晴らしいと思う。
「赤ちゃんからのアートフレンドシップ協会」という活動があるのを知ることができたのも良かった。

託児所がある美術館もあるけれど、預けて泣かれてしまうのもつらいので、こうした一緒に鑑賞できる取り組みとか、当日再入場OKとか、様々な選択肢が増えるといいなと思った。

さいごに

冒頭に述べた小さな女の子を連れて日本画展に来ていたお母さん。
今でもあのとき声をかけたらよかった、と悔やまれる。

こどもにグズられるとつらいよね。
それも自分が大切に楽しみに思っている場所で。
私もそんな経験あるよ。

「感染症の件もあるし…」と思って話しかけられなかったがそれは言い訳で、只々自分がチキンだったのだ。

だからここで声高に。
どうかそのまま捨て置かず、あなたがあなたの鑑賞体験を拾い戻せますように!!

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