シェア
储小明
2021年3月19日 00:03
第十二章(終章)コン~コン~「入って」「お邪魔します。社長、お元気ですか」「会社じゃないし、他の人もいなっ、あら、あら、李さんも戻ってきたね。李さんはまだ何かご用があるの」「えっと、実は、」「まあまあ、気に入ったらこれからのことを合わせてノートに記録しても大丈夫。さあさあ、李さんがそっちの椅子に座ればいい」「はっ、はい」 李鳴が震えて慌てて椅子について、次の言葉が出
2021年3月18日 09:19
第十一章 長い往事への追憶の話は一旦収まりがづいた。二人が無言で掛け時計の針の音が聞こえるほど静かな部屋で長い時を送った。「あの、李さん、寒くないの」「私ならいいですが、お体は、えっと、ちょっと待って。なるほど、なるほど、エアコンが稼働していないですね。道理で全然音がしていないですね」 李鳴が手をセントラルエアコンの吹き出し口の方へ手を伸ばすと、「たしかに、風が出ていないんです
2021年3月17日 11:07
第十章「やっぱ、いくらぐうぜんでも、偶然すぎました」 李鳴がペンを置いて、一人でつぶやいている。「それ以外、ほかにもいろいろなことも記載された。それを見て、できるだけ心の不安を抑えながら、『見せてくれて、どういう意味ですか。』って聞いた。 妻のことは一度も信川さんに打ち明けたことがないから、偽物で罠を仕掛ける可能性も大きいって思ったから。その時、どうしても信川さんの心が見通せな
2021年3月16日 09:55
第九章「伊江圭って日本人っぽい名前だし、日本国籍だし、日本人らしい日本人だろう。前の事、もう一度言おう。父さんが占いということを信じていた。こっちの名前もそのことに深く関係している。苗字は『伊』で、『江』は生まれた時に占いに五行に水性も土性も欠けているそうだから、水性の不足に引き当てるために江をくれた。圭は父がくれた字だ。その字の意味は祭りなどの場合で道具として使われたものだ。父は幼い頃から古
2021年3月16日 09:54
第八章「伊江さんはどうやら変なことを聞かれてしまったみたいですね」「そっちこそ、また変なことを頼んだろう」「いーや、それは、」 唖然として青ざめた顔になった李鳴が凍りついて止まってしまった。「まあまあ、悪くはないけど、李さんが会社のことをそこまでおもんばかってくれて、ありがたいな」 言葉を聞いてから、李鳴がのっしのっしと歩みを運んで、車椅子の近くに止まった。「さっき、奈
第七章「母さん!」 玄関の足音にひかれた伊江奈々子が振り返ると、伊江武は階段のコーナーからぱたぱたと走ってきて腕でぎゅっと抱いた。「武、授業終わったか、早いね」「へ?私はいつも二時くらい下校していますよ」「そうか、そうか、これ、一応お土産、食べてみよう」李鳴が伊江武の頭を軽く撫でて、紙袋を目前に揺らして手渡した。「え、チョコとミルクの匂いがしました。開けてもいいですか」
2021年3月15日 10:46
第六章「伊江さん、」「はい」「伊江さんのことは、やっぱお宅の下僕に内緒していますか」 李鳴がバニラフラペチーノを啜って、ガラスコップをテーブルに据えて、ふっと押し殺した声を出した。「私の知っている限りでは、召使いが知っていないはずだと思いますが、なんと言っても、お義父さんともう三年ぶりに会っていなかったことは李さんも知っているのではないでしょうか」「別居そういうことならちょ
2021年3月15日 10:45
第五章「おはようございます。お目覚めになりましたってお見舞いものを持ってきました」 茶色のセーターに綿製の黒いズボンにしている李鳴がふらついてテーブルについた。まずは左手に林檎を盛った重そうな竹のかご テーブルに置いて、そして右の小脇には抱えられた厚いジャギーコートを、最後には右手の鞄を。「おっと、重すぎ。やっぱ無理をしないで介護者を助けてもらったらよかったですのに。青森県産のみずみ
2021年3月14日 16:49
第三章コン~コン「どうぞ」「お邪魔します。今日は慌てて、手ぶらでやってきましたけど、伊江さん、お久しぶりです。お身体はいかがですか」 李鳴は呑気そうに黒い小型革製の箱を茶色の円卓の上に置いてから、箱から茶色のノートと黒い万年筆を取り出した。 「李さんか、お久しぶり。見舞いのものなんてどうでもいい。体なら、全然平気、大丈夫。そんなことを、それよりお前の言い方は相変わらず水臭いね。
2021年3月14日 16:48
第二章 コンーコンーコン「どうぞ」「お邪魔します」 老人は背もたれとした枕に寄りかかっていて、男の子の顔を見ると、ぱっと顔に花が咲いたかのように笑って手を振ったりする。「ほら、お爺さんがお呼びです」 看護婦が両手を軽く両肩に置いて、じわじわと伊江武の体を老人のそばに押していく。「爺さん、久しぶりです。お元気ですか」 伊江武が俯いて含羞みそうに伊江圭を垣間見ている。
2021年3月14日 16:44
第一章 和光市中、人家は稀で静寂な一角に、往日と変わらず何日おきにそれらがいつも同じ木の枝に留まってくると煩い声を立てる。 遠くもなさそうな高くもなさそうな茜色の空にかかった雲で霞んだ落日の大半に、被さった黒ずくめの肥大な鴉ならではの甲高い鳴き声が嘘寒い夕方の静謐を破った。 錆色の斑のついた鉄柵に囲まれた庭園に1メートルごとに設けてある踏み石の通路に分断された両側に3本ずつ立ち並