「そして生活はつづく」に寄せて
ここ最近は、もっぱら星野源さんの文章に夢中である。
彼のことは多くの人が知っているだろう。「逃げ恥」で冴えない男・津崎平匡を演じた彼だ。恋ダンスで一世を風靡したかと思えば国民的アニメ「ドラえもん」の映画主題歌として発売したシングルCDはオリコン週間ランキング1位を獲得するなど、幅広い分野で活躍を見せている。ここ数年はオールナイトニッポンのパーソナリティも務めており、その活躍は留まることを知らない。
そんな彼が、随分と前からエッセイ本を何冊も出版していることはご存知だろうか。
私は知っているだけで読むことは無かったのだが、偶然聴いたオールナイトニッポンでの彼の言葉選びに無性に惹かれて、どうしても気になって電車に乗っている間にAmazonでサンプルを読んだ。あまりに良かったので、そのままの足で書店に向かい、文庫化されている3冊分を一気に買った。
そのうちの1冊の話をしようと思う。
そもそも、私は読書が好きだ。とは言っても、音楽でも本でも作者で選ぶタイプの人間なので、なかなか新しい本に出会えないのだけれど。ただここ最近は日々が忙しくて、読む時間もなかなかとれない。そんな感じの生活なので、ちょうど、エッセイを探していたところだった。
小説に没入する余裕は無いけど、エッセイはそういう余裕が無い時に心の隙間に滑り込んできてくれるから好きだ。他人の考えを取り入れるのではなく、そういうものなのだなと頭の片隅に積み上げておける感じが好きだ。
まあ、私の読書好きの話はいつかまたちゃんと書くとして。話を戻そう。
「そして生活はつづく」は、単行本版の初版が2009年。今から10年以上も前に書かれたもの。文字は時間を止めてくれるから好きだ。ここにはまだ売れていない、なんだか悶々とした、そんな日常を送る彼が生きている。そしてその悶々とした日常を面白おかしく描くその文に、とても惹かれた。
サンプルの数ページだけで、既に泣きそうだった。私が疲れているからなのかもしれないけれど。
日々しんどいところに入り込む、そういう感じがした。落ち着く文体でなおかつクスっと笑えるフレーズが盛り込まれているような、そんな暖かいエッセイ。昔からずっとそういうものを書く方を探していたのだけど、いざ読んでみると、まさしく彼の文章がそうだった。そういえば彼の音楽も、そういう感じだった。きっと暖かい人なのだろう。作品には人柄が滲み出るものだ。
彼のダメ人間っぷりが、それはもう面白おかしく描かれている。時に下ネタや、ムカつく奴の話なんかも織り交ぜながら。彼も人間なのだな、と実感する。だけど、どれだけムカつく話を並べてあってもそこに棘はなくて、読んでいて絶対に悪い気分にならない。ダメな彼をありありと見せつけられた後、最後にはまあなんとなく頑張って生きていく、みたいな方向に帰結する。
そもそも「そして生活はつづく」は、つまらない日常を楽しみたい、という彼の思いが言葉になって文章になって本になったものだ。
私もつまらない日常をつまらないと思いながら生きている人間の一人なので、その気持ちは大いにわかる。そしてそれが出来ないから生きづらいわけで、そんな退屈な気持ちを彼も味わっていたのかと思うと驚いてしまう。今多くの人に愛されている彼にもそんな時代があったのだ。
人は生まれてから死ぬまでずっと生活の中にいて逃れられないこと、余裕のない中でたったひとつの楽しみを糧にしか生きてゆけない時代が彼にもあったこと。胸の中にストンと落ちてくる感じがした。生活はつづく。自分だけ苦しいのだと悲観していたけれど、彼にもそういう感情があるのだ。誰でもしんどいんだなと思った。ちょっと泣いた。
ダメな自分をこの文章に肯定してもらう、というわけではなくて、彼の文章はこちらにただただ共感させてくれる。
私は、世に溢れている「ダメでもいいんだよ」という言葉は誰目線なの?となんだか心がざわついてしまい苦手なのだ。そもそもダメな自分が原因で人に迷惑をかけたり出来ない自分に絶望したりとそういったことで困っているわけで、自分と直接関係していない人間だから「ダメでもいい」なんて言えるのだ、と思う。ダメでもいいのなら、きっと私だってこんなダメなまま生きている。きっととうに元気になっている。
彼の言葉は違う。彼もダメな自分を克服したくて、だからこそ困って、悩んでいたのだ。そんな人の嘆きの方が、綺麗事を並べた優しい言葉よりも随分心に響く。
彼のダメさをダメなりに素敵に描いているし、それを肯定しすぎないところが凄く好きだと思った。肯定してくれるような言葉ばかりではないのに、許されるような気持ちになれる。共感の力はすごい。いいよ、と言われると腹が立つ私でも、同じようなことを考えている人がいるのかと思うだけでなんとなく元気になれる。この本は辛いときの薬みたいだ。なにか心が落ち着かない時にはぱらぱらとめくって読み返している。ひとつ、ふたつ、読むだけで少しは落ち着くし、ちょっと笑えるし、泣ける。
長々と語ってしまったが、今これを読んでいる誰かにも、この1冊だけでいいから読んでみてほしい。最後にはなにげない日常をつまらないと思っている自分すら許されてしまうから。
とりあえず、明日も生きようと思う。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?