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華金万歳

人にどのように写っているのかはわからないが、私は恐らく、表も裏もある人間である。
しかしそもそも、一般に言う、人間の表裏というのは、なんなのだろう。そのどちらが表で、どちらが裏なのだろうか。「硬貨は、額面が数字で書かれている方が、裏なんだよ」と誰かが教えてくれた。知っていたけれど、ふうん、と言ってみた私のこれは、表なのだろうか。

学生のとき、歯科医院で院内清掃のアルバイトをしていた。院内に先生が4人いる、割と大きい歯科だったので、衛生士さんも10人以上いた。私と同じような院内清掃の夕方アルバイトも5人ほどいて、毎日のシフトを回していた。

それにしても歯科衛生士さんというのは、(当時、はたちそこそこだった私から見ても)清楚で可愛らしい雰囲気を常にまとっていた。自分より年上の人がほとんどだったが、とにかく可愛いのだ。笑顔で懸命に仕事をしている姿は麗しく、彼女らが仲良さそうに談話しているところは、アイドルの舞台裏を見ているようで、非常に微笑ましい。そして、時折バックヤードで涙を流しながら(院長先生が非常に厳しい人だった)、互いに励まし合うさまなどは、本当に美しいのである。

問題なのが、なぜか夕方のアルバイトも綺麗な人が多かったことだ。私と同じ大学の先輩もいたが、2人とも品の良い雰囲気があった。
そうなると、院内で明らかに私だけが異質になる可能性があった。私はこの麗しい環境に馴染むために、決して奇怪な発言や行動をしてはいけない、と謎の緊張感を持って過ごすことになった。

幸いにも私はどうやら、黙っていれば大人しく(黙っているのだから当たり前である)、聡明そうに見えるようなのである。そのため、私は必要以上の会話を慎み、ひそやかに清掃業務を遂行していた。

もちろんこの時の私も、確実に私であり、無理をしているつもりは決してないのだが、それが私のすべてではないことも、ほんとうであった。そのため、私は、院内のエレベーター内でひとりになると、奇怪なダンスを踊ったり、マスクの内側で、もはや顔と言って良いのかわからないほどの変顔をして、何らかの帳尻を合わせていた。

もしかしたらここに投稿している記事も、普段関わってる人が見たら、驚かれるかもしれない。というか、もしや私はここで、何かの帳尻を合わせようとしているのだろうか。

そういえば最近、ずいぶん暖かくなった。今日は一日社内にいたが、癖で暖房をつけていたら、少し暑かった。
外に出たら、夜なのにぬるかった。1週間の仕事が終わった。酒や飲み会がなくったって、金曜日は華なのである。なんとなしに上を向いたら、真上の空に、半月がぴっとりとはりついていた。


見えている部分は月だったが、多分、見えていない部分も、月とわかった。

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