本音で生きる_堀江

「本音で生きる」堀江貴文さん を読んで


チャレンジモンスター、堀江さん。
最近はミュージカルにまで挑戦してますよね。
ITからロケット、グルメ、さらにミュージカルまで?
本音で語り、おもしろくない時は笑わず、子供みたいに真っすぐ。
動画などで気になっていた堀江さんの本を初めて読んだのが、この本でした。

これまでしがらみにとらわれてしまっていた僕は、天と地がひっくり返るほどの衝撃を受けながら読み進めました。


結局、言い訳をして逃げていたんだ、と。
残された時間を、一体どう生きていきたいのか。
自分自身に真正面から向き合い続ける以外に、
充実した人生を生きる方法なんてないということ。

刺さったポイントをメモしておきたいと思います。


誰かがあなたについてどう思おうが、それは自分の問題ではなく、相手の問題だ。
他人が誰を嫌おうと、何を考えようと、それはあなたの人生にはかかわりのないことだ。
一刻も早くそれに気づいて「放っておく」こと。
「相手が自分をどう思っているのか」なんてことにかかわりあって、自分の人生がなおざりになるなんて、本当にもったいないと思う。


お金というのは本来、価値を交換するためのツールにすぎず、それ自体に価値があるわけではない。
物々交換で取引を行う際は、相手の持っているモノが、自分が欲しいモノであることを確認する必要がある。そのためには密にコミュニケーションを交わし、自分が欲しいモノを持っている相手が信用に足る相手かどうかを確かめることになる。
つまるところ、取引されている価値というのは、「信用」なのだ。取引相手がこれまで約束を果たしてきたか、周りの人間に対して誠実なふるまいをしてきたか、そうした積み重ねが信用を作り、信用のある人間ほど大きな取引ができるようになる。
お金は、信用という複雑な存在を、単純に数値に落とし込んだツールである。信用の一側面ではあるものの、信用そのものではない。何度も言うが、大事なのは信用であって、お金ではないのだ。


他人に要求されるがままに自分の時間を差し出していると、忙しいように感じるかもしれない。けれど、それは目の前のことに没頭していないから、意味もなく忙しい気がしているだけだ。
そして、そもそもそんな状況が嫌ならばなぜ変えようとしないのか。


これまでの状況を疑うことなく受け入れていると、「○○でなければならない」という思い込みから抜けられなくなってしまう。その挙句に「バランス」をとることに必死になり、やりたいことも中途半端になり、体も壊してしまったりする。そんな思い込みにとらわれない方がいい。


中途半端に小利口な人間は、不得意なことまで全部自分で頑張ってやろうとしてしまう。しかし、利口な人の仕事には勝てないから、大変な思いをするだけで、あまり成果は上がらないという状況になる。「自分がバカ」であることを知っている人は、強いのだ。


ちょっとしたチャンスは、いつでもだれの前にでも流れている。それが将来的につながるかどうかなど、誰にもわかるわけがない。自分が面白そうだと感じたら、飛びつくだけだ。飛びついた結果、予想以上に面白い体験ができるかもしれないし、逆に不愉快な経験をすることになるかもしれない。


このパットを沈めればバーディというチャンスで、リスクをとることを恐れる人は、どうしても弱く打ってしまいがちだ。そうすると、ボールはカップの前で止まる。バーディは逃すけれど、最低限パーがとれればいいやと考えるわけだ。こういうやり方をとる人は多いのだが、それでは決してバーディがとれるようにはならないし、たいていはパーすらもとれずボギーになってしまう。
なぜかといえば、カップの手前でボールが止まった場合、そこからカップまでのライン(ボールの転がる道筋)がどうなっているのかがわからないからだ。
バーディをとりたいならば、強めに打たないとダメだ。
もちろん、強く打ったからといって、必ずバーディがとれるとは限らない。外したら、みんな失敗したと思うだろう。
だが、ここでパットを外したことは失敗ではない。カップをボールが行き過ぎたとしても、それによってラインがどうなっているのか大体見当を付けられる。だから、返し(オーバーしたところからカップに戻る)のパットでバーディがとれるチャンスは高くなる。
こういうつもりでパットを打っていれば、何回かに1回はバーディをとることだってできるようになるだろう。
実社会でも同じだ。
外野の言う常識的な安全策をとって、パー狙いの中途半端なやり方をしていたのでは、結局ボギーになってしまう。
「やる奴」というのは、常識には縛られず、オーバーすることを恐れずにパットを打つ。オーバーしてしまったら、その経験をもとに打ち方を修正し、それをひたすら繰り返す。オーバーする経験の積み重ねがあって、はじめてバーディという成功を手に入れることができるのだ。


何かをするために、お金も地位も必要ない。必要なのは、誰にでも平等に与えられている、死ぬまでの時間だけ。だからこそ時間は何よりも貴重な資源であり、それをいかに使うかが最重要課題となるのだ。


十分な睡眠時間をとることによって、起きている間の生産性を高めることができる。きちんと寝ることは、時間の節約でもあるのだ。


企画力があるとか、売る力があるとか、話すのは得意とか、自分のコアバリューとなるものは、誰でもが何かしら持っていると思う。しかし、一人で何もかもやろうとすると、自分にしかできないことを、どんどんそぎ落としてしまうことになる。それこそ、人生の無駄遣いではないだろうか。


今の時代、アイデアに価値などなくなっている。あらゆる情報やアイデアは出尽くしていて、本当の意味で画期的なアイデアなどめったにない。必要な情報があればネットを探せばたいてい見つかる。ビジネスアイデアにしても、自分の頭だけで無理矢理ひねり出そうとしても大したものが出てくるわけがない。
しかし、世の中にはアイデアが溢れており、それらを組み合わせてまとめるだけで、新しいアイデアなど簡単に生み出すことができる。
アイデアの価値は暴落したが、その代わりに重要になったのが実行力だ。


自分の意見をうまくアウトプットできないと悩む人がいるが、それはたんにインプットしている情報量が足りていないだけだ。インプットの量とスピードを増やせば、自然とアウトプットの量やスピードも増え、自分なりの考察が自然と湧き出てくるようになる。頭を使うべきは、自分の考察をどうひねり出すかではなく、インプットの量とスピードをいかにして向上させるかなのだ。


今はやればなんでもできる夢のような時代だということだ。確かに、世界には悲惨な状況に置かれた国は多いが、少なくとも日本はそうではない。
社会が安定していて、あらゆる面で高度なインフラが整備されている。誰もがネットにアクセスできる。今の日本に生まれたというだけで、最初から大当たりを引いたようなものだ。


労働をロボットが肩代わりしてくれるのだから、人間は空いた時間で好きなことができる。売り上げや経済成長を目指して嫌々仕事を頑張るのではなく、遊びと仕事の境界はますます曖昧になっていくだろう。


繰り返すが、この世で最も貴重な資源は、時間だ。時間さえ有効に使うことができれば、自分のやりたいことはどんなことでも叶えられる。


特にゴルフにたとえた話は、僕のアタマに突き刺さりました。
基本的に僕は臆病者で、ほんとに書かれてある通り、弱めに打って「最低限パーがとれればいいや…」という考え方だったんです。
あっ、ゴルフはやったことないですけど(笑)

でも考えてみればその通りで、理想と現実の間にどのくらいの差があるのかも、強めに打ってみる、大胆めに攻めてみるから、失敗したとしてもその距離感がつかめる。

最初から小さく小さく打っていたのでは、結局カップがどこにあるのか、最終的にどのくらいの距離が残っていたのかもわからないまま死んでしまいそうで。

残された時間は短い。せっかくこの世に生を受けたんだから、最大限にこの命を使い切りたいと思います。



お付き合いいただいて、ありがとうございました。
m(__)m

本は「しるし書店」に出品したので、もしよろしければこちらもご覧ください。


あと、日々感じたことはTwitterに上げたり、YouTubeチャンネルでは弾き語りなんかもやっちゃってます。もしよろしければ、こちらもご覧いただけると嬉しいです。


ありがとうございました。
今後とも、どうぞよろしくお願いします。
m(__)m

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