読書感想 『ネット右翼になった父』 鈴木大介 「分断から理解への切実な過程」
大人になると、高齢者の親と会う機会がどうしても減るようになり、そして、久しぶりに会ったときに、いわゆる「ネット右翼」になってしまった。
そんなエピソードを、自分は直接出会うことはないのに、あちこちで目にするようになった。
それは、本当だろうか。という疑念と、同時に、確かにありそうだという感触と、そこに立ち会ってしまった人の思いを想像すると、なんとも言えない気持ちになった。
だけど、少しでも考えたら分かるのだけど、そこで終わりではなく、そこから、まだ長い時間が続くと想像しただけで、気持ちは、ただ暗くなり、立ち止まってしまう。
『ネット右翼になった父』 鈴木大介
それは、怒りと悲しさが激しく混ざり、自分を見失うことを、必死で抑えるような時間だったのだろうと思う。父親の余命が限られた、かけがえのないときだったから、余計に、そんな思いが強くなっていったことが、描かれている。
著者の父親は晩年、それも病気になってから、いわゆる「ネット右翼」になっていったように、見えていた。それまでは接していなかったであろう、いわゆる「右傾コンテンツ」だったのに、父親がずっと、病床でも、その音声を流し続けているのは、耐えられないことのようだった。
著者は、それまで、貧困や、自らの障害などをテーマに作品を書き続けてきた。その対象への姿勢は、書籍を読む読者にとっては、同情や軽蔑ということではなく、正確に伝え、支援のことも視野に入っている表現に思えていた。
それだけに、父親が、ヘイトスラングを口にする、といったことは、通常以上に、感情を刺激するものであったと思う。
そして、父に対して、どこか心を閉ざしたまま、看取ることになってしまい、その2か月後、「父がネット右翼になった」をテーマに書かれ、発表された作品は、著書の想像以上の反響を生んだ。
そうした編集者からの反応もあり、最初は、父を「ネット右翼」にしてしまった「右傾コンテンツ」に対して、怒りや憎しみを向けることから始まるのだけど、著者は、そこから、父親を「理解」しようとする方向へ進み始める。
ただ、それは、本人が想像以上に、辛い過程になったようなのだけど、それでも目を逸さずに、隠さずに、記録してくれている。
証言
どうして、著者から見て、「ネット右翼」のように、父親はなってしまったのか?
そのことを検討、考え始めて、実は、父親のことを、よく知らなかったことに気づき、叔父や、父の友人や、さらには母親、姉など、周囲の「証言」を丁寧に集め始める。
かといって、右翼活動をしたわけでもない。
そうした「左翼的なもの」を、元々嫌っていたことなどもわかり、さらに、他の父親の差別的な言動も、著者以外の「証言」に接することによって、徐々に、印象や意味合いが変化してくる。
「正解」と「原因」
いわゆる「社会的弱者」への差別的な言動も、父親の「理解」へ近づこうとすると、少しずつ見え方も変わってくる。
そして、著者にとっての「正解」にまで、たどり着く。
さらには「女性蔑視」発言にも、読者にとっても「妥当」と思われる「原因」まで導き出してくれている。
ここまでの「正解」や、「原因」は、もしかすると、同じように、親や家族が「ネット右翼」になったという悩みを持つ人たちにとっても、肯けるかもしれない、そんな普遍的な要素も多いように思えた。
仮想敵
著者の「歩み」は、ここで止まらず、自分自身にも向かっていく。
そこに気づけたのは、自らの母親や姉や姪など、とても身近な「証言」にも接し、そこから逃げずに向き合い続けたからこそ、だと思う。
当然だけど、家族であっても、その見え方は、全く違ってくる。
父と子
ここまでの過程でも、著者にとっては、かなりの辛さや苦しさがあったに違いないのだが、さらに、「父親と息子」の関係性についても、分け入っていく。
そして、それは、「世代」の問題としても大きいのではないか、とも「推論」が進む。
著者は、1973年生まれ。確かに、その世代よりも上である私自身にとっても、この「父親との関係」のぎこちなさは、他人事ではなかった。
そうした、長く粘り強い「取材」のあとに、著者自身も、意外と思えるような父親の姿が、浮かび上がるのだけど、それは、ぜひ、本書を手に取って確かめてもらいたいと思える。
おすすめしたい人
何より、著者と同じように、家族が「ネット右翼」になってしまったと思って悩まれている方。具体的な対応策まで終盤には書かれているので、おすすめできると思います。
家族との関係について、いろいろと考えたい人。
新書サイズで、約250ページですが、それ以上に、とても豊かな内容に感じる、個人的で切実でありながら、それにとどまらない普遍性にもつながる、良質なノンフィクションだと思いました。
そして、今回の紹介で、少しでも興味を持ってもらえた、すべての方に、おすすめしたい作品です。
(こちらは↓、電子書籍版です)。
(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。
#推薦図書 #読書感想文 #ネット右翼になった父
#鈴木大介 #思想 #父親 #家族
#毎日投稿 #左翼 #右翼 #世代 #時代
#老い