読書感想 『陰謀論 ― 民主主義を揺るがすメカニズム』 「重要度が増している論考」
「信じるか、信じないかは、あなた次第です」
そんな決めゼリフのある「都市伝説」のバラエティは、割とよく見ていて、どちらかといえば、その内容については、「信じない」方なのだけど、ずっと「本当に信じる人」に興味があった。
それは、いろいろなことに対して、懐疑的、といえば、格好はいいけれど、どちらかといえば、信じる力、のようなものが足りないからではないか、という自分自身への微妙な劣等感があったので、今で言えば、何かを圧倒的に好きになっている……「推し」を持っている人に対して、どこかうらやましさもあったからだ。
そうした「都市伝説」のバラエティは、ここ数年で、少しニュアンスが違ってきているというよりは、放送しにくくなっているのではないかと思えるのは、特に「コロナ禍」以降、「陰謀論」という言葉の持つ意味合いが、かなり重くなったせいではないだろうか。
ただ、その「陰謀論」という言葉自体も、下手をすれば、ただのレッテル張りにもなってしまうし、「デマ」は、人類の古い課題として、長く考えられてきたはずなのに、そして情報というものの量も、その流通も、21世紀に入って、これだけ圧倒的に増大したはずなのに、今も人類が、これだけ「陰謀論」に弱いままなのは、どうしてなのだろうと感じることも多くなった。
それは、おそらく幸せな時代ではないせいだろう、と思う。
『陰謀論―民主主義を揺るがすメカニズム』 秦正樹
できたら、より若い専門家の本を読みたいと考えたのは、現在の「陰謀論」は、SNSがこれだけ盛んになって以降、少し質が変わってきているように思ったからだ。そのことを、体感として「理解」していた方が、その分析も明快になるのではないだろうか、と勝手ながら考えていた。
著者のプロフィールには、こうあるので、現在30代半ば。そして、「公共政策学科」の専門性については、正直、よく分からないものの、現在の「陰謀論」の深刻さは、実際に政治にまで影響を与えることも事実なので、こういう人の書いた「陰謀論」なら、読みたいと思った。
しかも、読んでから知ったのだけれども、筆者の過去も、「陰謀論」を書くには、より適しているように感じた。
こうしたことを、いわゆる「研究者」である人間が書くこと自体が、それが事実であったとしても、形として広く残すことは勇気があると思うし、だからこそ、「陰謀論」について考える深度が、より深くなる可能性があると思えた。
コロナワクチン
個人的に、少しショックだったのは、コロナ禍以降、私よりも「常識」があって、社会に適応していると思える人たちから、ふと日常が違って見えるような言葉を聞く機会があったことだった。
コロナ禍になった頃、「27度のお湯を飲めば、ウイルスの侵入を防げる」といったことを医師から聞いた、といった話を、善意で伝えてもらったことがあった。体温を考えたら、そんなことはありえないとすぐにわかるのに、医師というワードが、その言葉に力を与えていたのかもしれない。
それよりも、さらに強めの言葉は、コロナワクチン接種の頃から、最初は、ただインターネット上だけで見ていたのだけど、実際に、知っている人から、実際の話し言葉として、さらに、そこに心配や善意も込めて伝えられたのは、やはり、薄い怖さまであった。
確か、5Gに対応しているマイクロチップといったことも聞いた記憶もあり、そんなことをするために、どれだけの予算がかかるのか。もしくは、そんなとんでもない技術があったら、もっと情報環境が変わっているのではないか。どうして、そこまで信じられるのだろうか、といった疑問も頭に浮かんだが、そうした、こちらの考えを伝えられる気配もなかったと思う。
アメリカからの「情報」らしく、同時に、もし、スティーブ・ジョブズが存命であったら、こうした「陰謀論」の主役にはならなそうだから、ビル・ゲイツは、どこか気の毒な気持ちもしたのだけど、すでに共和党員の半分近くが信じているとなれば、私のような、特別な情報を持たない人間が、その内容を否定したところで、例えば、これを今読んでいる「マイクロチップ陰謀論」(信じている人は、陰謀論とは言わないけれど)者は、私に対して「情弱の愚かな人間」と思うことだろう。
ただ、こうした「陰謀論」を、例えば医師のような人が伝えようとしているのは、インターネット上で見たことがあって、それは、倫理的にも問題があるのではと思ったが、ワクチンの歴史の中でも、ワクチン否定論者は一定数いたわけだし、コロナワクチン接種によって実は命が助かった人が、どれだけ多くいたとしても、その数字を正確に算出することが難しい以上、その「陰謀論」(と伝えることは出来ないとしても)は間違っているのではないか、と説得することは不可能だと思えた。
ワクチンは、多くの人が接種するほど、感染数も、重症化も、確率が減るのだから、高齢者や持病を持つ人間が身近である私にとっては、可能であれば一人でも多く接種した方が、人類全体では、命が助かるという意味ではプラスだと、今でも思っているけれど、こうした言葉も届かないという無力感はある。
知識のある人たち
こうした「陰謀論」と言われているような情報を信じる人たちは、どうやら、情報に強い、もしくは、教養や知識がある、と自認しているようだった。
環境に恵まれたり、本人の素質があったり、努力もあって、「知識のある人たち」の方が、「陰謀論」に取り込まれやすいとしたら、さらに、「情報に弱い」人間としては、余計に不安が大きくなる。
ただ、その印象は、ただの感覚ではないことが実験によって、明らかにされているようだった。
どんな時でも、なんとなくの安心材料として、「より知ることは、より分かることにつながる」と思ってきた。だけど、そうでないことが分かったとしても、意識的に、全くの無知になることは難しいし、それも弊害が大きそうだ。
どうすればいいのだろう。
どんな人が、「陰謀論」を信じるのか
「陰謀論」も影響して、アメリカでは議会に突入して死者が出るような事件が起こってしまうのだから、もしかしたら、以前よりも「陰謀論」を見分ける、といったことは重要になってきているのだと思う。
だからこそ、「陰謀論を信じる人」というのは、どこか遠いことのように思いたいし、さらには、自分自身ではないと強く思い込みたい気持ちになりやすい。
だが、実証的な研究によって、それは「希望的観測」に過ぎないことも明らかになっていく。
まずは、孤独感が、「陰謀論」に近づかせる。
さらに、現実が不安定なとき、例えば、「コロナ禍」のような時は、「陰謀論」を信じやすくなるようだ。
そういった実証の積み重ねは、誰が信じやすいか?という議論の立て方が、実は間違っているのでは、という指摘につながる。
「あなたは正しい」という肯定が、どれだけ逃れ難いほどの魅力があるか。を想像すれば、陰謀論から逃れることの難しさを改めて感じ、今も、知らないうちに取り込まれている可能性を振り返ってしまうことになりそうだ。
どうすれば、「陰謀論」から身を守れるのか
だからこそ、「陰謀論」から身を守りたいところだし、そのことについては、多くの議論も、提案もされてきた。
では、どうすればいいのだろうか。
ほんの一瞬でも立ち止まることを積み重ねる。そんな、とても地味な方法を継続するしかないのかもしれない。もしくは、あいまいなことにとどまれる「ネガティブ・ケイパブリティ」を、少しでも身につけることも有効かもしれない。
自分自身も含めて、誰もが「陰謀論」に取り込まれる可能性があること。
人間が、知的好奇心を持つ限り、「陰謀論」の消滅はあり得ないこと。
まず、そうした「陰謀論」に関する困難さを、理解することから始めるしかないと、覚悟するべきなのだろう。
そんな先行きのなさに備えるためにも、自分や家族や身近な人の将来の危険性を低くするためにも、必読の一冊だと思います。
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